桜子は、亨のテーマを弾いた。

亨は、心から喜んだ。

亨は言った。

「お姉ちゃん、僕ね。お姉ちゃんの前で挑戦したい曲があるんだ。

聴いてくれる?」

「うん。いいよ。」

そして全員が、驚愕することになった。

亨が、弾いたのはベートーヴェンの歓喜の歌を弾いてみせたのだ。

西園寺に、亨が習ったのはまだたったの2ヶ月である。

亨の才能について、西園寺から聞かされてた桜子もいざ目の前で聴かされると驚くしかなかった。

「お姉ちゃん、どうだった。」

「すごい良かったよ。よく弾けたね。」

「でもね。西園寺先生のところには、凄い人がたくさんいるんだ。

僕ね。楽しくてしょうがないんだ。」

「亨ちゃん、それはとてもいいことだよ。

亨ちゃんには、まだわからないかもしれないけどね。

世の中には、ライバルと言われる存在が、自分自身を成長させてくれる時があるの。

そして、自分より実力が上の人に追いつき・追い越せという感情が自分自身を奮いたたせてくれるの。

けど、音楽をやるものとして気をつけなければならないことがあるの。

それは、音楽は人の心に届くからこそ意味があるの。

でも、ライバルや自分より上の人ばかり見てるといつしかあせりを生んでしまって、いつしか自分のために弾くようになって前に進めなくなるという、欠点をはらんでるから、どんな時も音楽を楽しむ気持ちを忘れないでね。

そうすれば必ず、人は答えてくれるから。約束だよ亨ちゃん。」

この言葉が、亨の人生をより大きく動かすことになる。

亨にとって桜子は、誰よりも優しくて心から尊敬できる存在だった。

亨が寝た後、冬吾は言った。

「桜ちゃん、ありがとうな。
亨にとって、今日の桜ちゃんの言葉は勉強になったはずだ。

俺も思う。ああいうことを、言ってくれる人がいればもっと楽に絵を描いてこれたんだろうなってな。」

「私も、苦労してきたから。

一度泥沼にはまると、なかなか抜け出せないからね。

亨ちゃん、より将来が楽しみになってきたね。

輝一は、どうなるかな。」

達彦は、言った。

「もちろん、君と俺の二人の才能を受け継いで頑張ってくれるさ。

もしそうなったら面白いな。

輝一と亨君、二人の天才が世界に羽ばたく姿を想像しただけで嬉しくなるな。」