真央ちゃんの作品は、キッズ・ウォーの時から観てるのである程度イメージがついているのですけど、ファーストキスで今までとは全く違う役と重い役を演じ、といっても終わり近くなるといつものイメージに戻ってましたけど。(笑)
もう一人の方は、『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~』
に出てたみたいな感じです。
この作品での真央ちゃんは、今までとは全く違う役でした。
今までの役だと、男に追いかけられる役ばかりだったのですが、今回は真央ちゃんの方が追ってる感じでくっついてましたね。(笑)
この作品で、言いたいのはどこまでも純粋な初恋の愛を描くということですよね。
本当は、この作品の場合はそういう見方をしたかったという方が正確かもしれませんね。
セカチュウの時も思ったことですけど。
この作品のもう一つが、結局生きるとは何か?ということと自分の寿命が、限られてた場合その中でいかに生きるのか?というのが、真の主題何でしょうね。
八才の少年と少女が、初恋で少年の方が20まで生きられないという現実を知らされる、幼なじみで恋をしてそのまま成長する、こういう仲なら何よりも絆は深いですよね。
ただし中学生で、いずれ自分の死を迎えるから恋人の事を考えて別れようと考えることができるかは別としてですけど。
とはいえ、今まで全く勉強してなかった人が、いきなり高校をトップ合格というのは笑えましたけど。(笑)
物語的にもそうならなければ進まないので、まあいいとして。
お姉さんふうの恋敵・そして昴、昴は逞を勝手にライバル視し相手にされず、繭にアタックするも「私は、逞が世界で一番好きなの。」と玉砕。
でも逞が、死んだ後のことを考えて本気で心配してた部分もありましたけどね。
見所としては、逞と繭をめぐって100メートルを逞があの身体で走り、勝つ所と昴がその後、逞が助かるかどうかのキーパーソンになること。
昴が、脳死になってドナーになると言った時の逞の「友達の心臓を移植してまで助かりたくない。生きるって何なんだろうな?」
この言葉に、答えをもてる人がいるんでしょうか?
もっとも本来、ドナーが誰のドナーなのかわかるはずないのでありえないんですけどね。
それに昴だって、硬膜外刺激電極の処置で目覚める可能性がゼロではないですよね?
繭が、昴の家族に逞に心臓を下さいというところのあそこの場面を演じる役者の迫真の演技、話がとてつもないほど重いですよね。
脳死になった以上、昴はいつ目覚めるかわからないが、心臓を他の人に渡すということはかすかな希望すらなくなってしまうということです。
しかし、心臓を渡さなければ確実に逞が死ぬ、その判断をこの家族にさせなければならない苦悩たまらないですよね。
明らかに子供が、確実に死ぬわけですから。
純愛は良かったけど、しかも真央ちゃんの方からベタベタのシーンが多かった貴重な作品で、最後は死んでしまうのかという切ない話でした。
でも、かたいことは考えないで純愛ストーリーとして楽しんだ方が、この作品はいいと思います。
しかし、今でこそこんなこと言ってますが昔は人の生き死にに関わる作品を観るのは苦手だったんですよね。
作品を観て、自分自身の感想をもつということも面白いかつまらないかだけでしたね。
はっきりした感想をもつようになったのが、風の谷のナウシカを観てからです。
この作品は、ただ楽しんで観るパターンと、作者が本当に言いたいのは何かと思って観てみると全然違う見方が見えてくるんですよね。
作品には必ず、作者の訴えたい気持ちがあるので面白いんですよね。
特にアニメで、次々に名作を生み出してる宮崎駿先生の素晴らしさはすごいですよね。
だからいろんな事を、作品で考えるようになったというわけです。
もう一人の方は、『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~』
に出てたみたいな感じです。
この作品での真央ちゃんは、今までとは全く違う役でした。
今までの役だと、男に追いかけられる役ばかりだったのですが、今回は真央ちゃんの方が追ってる感じでくっついてましたね。(笑)
この作品で、言いたいのはどこまでも純粋な初恋の愛を描くということですよね。
本当は、この作品の場合はそういう見方をしたかったという方が正確かもしれませんね。
セカチュウの時も思ったことですけど。
この作品のもう一つが、結局生きるとは何か?ということと自分の寿命が、限られてた場合その中でいかに生きるのか?というのが、真の主題何でしょうね。
八才の少年と少女が、初恋で少年の方が20まで生きられないという現実を知らされる、幼なじみで恋をしてそのまま成長する、こういう仲なら何よりも絆は深いですよね。
ただし中学生で、いずれ自分の死を迎えるから恋人の事を考えて別れようと考えることができるかは別としてですけど。
とはいえ、今まで全く勉強してなかった人が、いきなり高校をトップ合格というのは笑えましたけど。(笑)
物語的にもそうならなければ進まないので、まあいいとして。
お姉さんふうの恋敵・そして昴、昴は逞を勝手にライバル視し相手にされず、繭にアタックするも「私は、逞が世界で一番好きなの。」と玉砕。
でも逞が、死んだ後のことを考えて本気で心配してた部分もありましたけどね。
見所としては、逞と繭をめぐって100メートルを逞があの身体で走り、勝つ所と昴がその後、逞が助かるかどうかのキーパーソンになること。
昴が、脳死になってドナーになると言った時の逞の「友達の心臓を移植してまで助かりたくない。生きるって何なんだろうな?」
この言葉に、答えをもてる人がいるんでしょうか?
もっとも本来、ドナーが誰のドナーなのかわかるはずないのでありえないんですけどね。
それに昴だって、硬膜外刺激電極の処置で目覚める可能性がゼロではないですよね?
繭が、昴の家族に逞に心臓を下さいというところのあそこの場面を演じる役者の迫真の演技、話がとてつもないほど重いですよね。
脳死になった以上、昴はいつ目覚めるかわからないが、心臓を他の人に渡すということはかすかな希望すらなくなってしまうということです。
しかし、心臓を渡さなければ確実に逞が死ぬ、その判断をこの家族にさせなければならない苦悩たまらないですよね。
明らかに子供が、確実に死ぬわけですから。
純愛は良かったけど、しかも真央ちゃんの方からベタベタのシーンが多かった貴重な作品で、最後は死んでしまうのかという切ない話でした。
でも、かたいことは考えないで純愛ストーリーとして楽しんだ方が、この作品はいいと思います。
しかし、今でこそこんなこと言ってますが昔は人の生き死にに関わる作品を観るのは苦手だったんですよね。
作品を観て、自分自身の感想をもつということも面白いかつまらないかだけでしたね。
はっきりした感想をもつようになったのが、風の谷のナウシカを観てからです。
この作品は、ただ楽しんで観るパターンと、作者が本当に言いたいのは何かと思って観てみると全然違う見方が見えてくるんですよね。
作品には必ず、作者の訴えたい気持ちがあるので面白いんですよね。
特にアニメで、次々に名作を生み出してる宮崎駿先生の素晴らしさはすごいですよね。
だからいろんな事を、作品で考えるようになったというわけです。