山元士長は自分が佐世保教育隊から鹿屋航空基地隊厚生隊給養班に配属当時からいましたが平成6年の2月に船勤務になったので2年間お世話になりました。

山元士長は自分と同じ鹿屋中央高校調理科の出身で自分より1つ年上でした。

配属当時は他の海士が配属になった時と違い、かなり厳しく対応していました。

後に教えてもらいましたが自衛隊実習にクラスは別でしたが調理科の1部の人間が悪さをしたらしく、山元士長が教育隊から給養班に配属になった時に上司から散々言われたのが原因で厳しくした事を話されました。

山元士長は上司からは「山元」、岑海曹からは「秀明」と呼ばれ、海士からは「兄やん」「山元士長」と呼ばれていました。

山元士長は海士のまとめ役だったので海曹あたりからも頼りにされたり、海士が転勤に不満があると上司に意見を言ったりとみんなから慕われていました。

山元士長は優しい時もありましたがミスをしたり、反抗したりすると怒る事もありましたが人間性はすごくよかったです。