四十九日に幸子おばさん、敦子おばさん、久美子おばさんが来なかったのは遺産で揉めたのが原因でした。

おじいさんが遺産相続の遺言書を書かず、博おじさん夫婦に伝言をしていました。

父親が仕事をせずに三人のおばさんの送り迎えをしたのでおじいさんは父親に多く遺産を渡す事を博おじさん夫婦に話しました。

博おじさん夫婦は嘘は言わないので信用はしていましたがやはり遺言書を書いておくべきでした。

三人のおばさんたちは納得がいかず、特に久美子おばさんがじいさんが亡くなってから、父親を除く、幸子おばさん、敦子おばさん、彰おじさんとで家を物色したり、不可解な行動をしたりしていました。

しばらくは父親と三人のおばさんたちの身内とは縁切り状態になりました。