昭和63年、高3の時のこの日の火曜日は栄じいさんの告別式でした。

父親、母親の親戚関係がたくさん来ました。

11時から始まりました。

前列は両親、自分、三男の栄作が座りました。

告別式が終わり、棺桶をみんなで運ぶ寸前にお客様が1人倒れたので救急車を呼んでお客様は病院に運ばれました。

栄作は自分のズボンにずっと手をつかんでいました。

親戚代表の挨拶は敦子おばさんの旦那さんの勝おじさんでしたが映画館の支配人をしていたせいか、堂々と挨拶していてすごいなと感じました。

挨拶の後は喪主の父親を残して、マイクロバスで高隈の火葬場に向かいました。

火葬場に着くと棺桶を焼き場に入れてから食堂で白米と煮物の入った弁当、ジュース、お菓子等を食べました。

ジュースを家に持ち帰る分を持っていこうとしたら、炊き出し担当のおばさん達が「持ち帰るのはダメだからこの場所で飲みなさい」と言われたので持ち帰りはあきらめ、たくさんジュースを飲みまくりました。

途中、外に出ていたら、栄作が智子姉さんの娘の恵美ちゃんと話をしていて、恵美ちゃんは「アアー」と言うと栄作はウンウン頷いているだけでした。


しばらくしてから、栄作が親切なおじさんからもらったヨーグルッペの缶ジュースを飲んでいて、「恵美ちゃんも飲む」と言ったら、恵美ちゃんがウンと頷いて飲んでいましたがお腹がいっぱいだったのか吐いてしまいました。


しばらくするとおじいさんの遺体が焼き終わったので骨を壺に入れてから、マイクロバスで自宅に戻りました。


家に着いてからそうめんが出たのでそうめんを食べていたら、珠子姉さんの息子のまさとし君がそうめんをひっかけて泣き出したので珠子姉さんの旦那さんの児玉のおじさんがまさとし君の頭を下にして背中を叩いたらそうめんが出たのでほっとしました。


夕方には父親の親戚以外はみんな帰りました。


倒れたお客様は朝から体調が悪かったにもかかわらず来たのが原因でした。


ちなみに2つ下の弟が「久美子おばさんは涙を全然流してなかった」と聞いて少し驚きました。