昭和62年の父親の祖母の告別式の翌日は月曜日で学校に行き、昼からは体育館で「にんじん」の演劇を観て、学校から帰ると祖母の祭壇の前にほとんど座っていました。

祭壇が撤去するまでの一週間は家にいるときはほとんど祭壇の前に座っていました。