昭和60年、中2の時のこの時期の土曜日、吹奏楽部の中別府先輩から「音感がいいからパーカッションに移動」と言われ、ホルンからパーカッションに移籍しました。

主にバスドラム(大太鼓)を担当することになりました。

これでパーカッションに自分と後輩の新原さんの2名となりました。

本来ならもう1人長峯さんがいますが1月から休みになっていて、吹奏楽部の部員や先輩が何度も直接永峯さんに交渉したり、電話をしたりしましたが進展がありませんでした。