昭和60年のこの時期の土曜日の午後は吹奏楽部の部員で千羽鶴を折りました。

途中、部員の立迫さんがイライラしていたのでなだめようとしたら、文句を言ってきたので泣いてしまいました。

部員の坂元さんが「先輩ごめんね。立迫さんは伊集院さんが見舞いに誰を連れていくとかいかないとか言っていてイライラしていたみたい」と言ってきたので仕方がないと思いました。

夕方、吹奏楽部のOBの瀬戸口先輩と萩原先輩がきましたが千羽鶴を折っているのを見て、副部長の伊集院さんに「千羽鶴を折る余裕があるなら練習をしろ」と言って、この日で千羽鶴を折る事は止める事になりました。

結局は中西先生の見舞いは誰も行かず、千羽鶴は他の先生が病院に持っていったみたいです。