昭和59年当時、中2のこの時期の日曜日、昼から父親に散髪してもらいました。

父親が「何分刈りにする」と言ってきたので「一番下でいい」といったので父親がバリカンのアタッチメントを着けずにそのまま自分の頭を刈りました。

初めて薄くかったので頭は真っ青で一部に大きな黒アザが有ることを初めて知りました。

夕方、用事で父親の親戚の彰おじさんの家に行ったら、みんな笑っていました。

翌日、学校に行くと自分の頭をみたクラスメートが大笑いしていました。

何人かは「5厘」と言っていました。

しばらくはアダ名が5厘と呼ばれるようになりました。