今日は娘の四十九日。とは言っても本当に今日なのかどうか分からない。医者でも分かる訳無い、家族でも分からない。推測でしかない。すぐに発見してあげられなかったから。「家族の皆さん納得出来る日に決めてください」と優しく声をかけてもらったけど、警察署で対面して心がどこかに行ってしまって納得出来る日があるわけでもなく、仕方なく急いで決めた娘が旅立った日。いつ旅立ったかも分からないなんて情けなさすぎる。だから何にも区切りなんてつかない。気持ちも、物理的にも。けれど残された自分達が追うことも出来ず、そこそこの日常を取り戻してなんとか寿命まで踏ん張らなくてはならない事は確かだと思う。今日は子供達が小学生位の時いつも行っていた公園前の駄菓子屋に行ってみた、1番下の子が言うには「駄菓子屋のおばちゃん変わってない😊」らしい。すごく優しくて、人の話を良く聞いていて話にスッと入ってきてくれる、笑顔の素敵なおばちゃんだった。亡くなった長女も小さい頃からこの優しいおばちゃんと何度やり取りし見守ってもらった事か…そんな事を思ったりした。それから香川県の「漂流郵便局」へ娘宛に手紙を投函した。本当の郵便局ではない、もちろん届くはずはない。でもそこには全国から宛先の分からない手紙が集まってくる。その場所で漂流させておくのだ。集まってくるハガキがそれぞれのブリキの入れ物に入って、クルクル台を回すと波の音が聞こえる。みんな色んな思いでハガキを出す。私もいつかそこに行って、「あの時に娘へ出したな手紙」と思い馳せ、時はちゃんとたっているのだと、状況は変わっていくのだと、自分を励ます為に訪れたい。