幸せの中にいると、時々後ろから誰かに肩を叩かれてそっと言葉をかけられる夢をみる。
『幸福論』
目が覚めると真っ暗だった。変に心臓の鼓動が早く、身体はじっとりと熱を持ち、額に汗をかいているのを感じた。力の入っていた掌からゆっくり力を抜いていくと、隣から規則正しい呼吸音が聞こえたので、あぁそういえばひろの家でひろと寝ていたのだと思い出した。
程なくして目が暗さに慣れて、隣で眠るひろの顔が見えてきた。夏の夜だというのにエアコン嫌いな私にあわせてノンエアコンに付きあってくれてるひろの額にも薄っすらと汗がでていた。
エアコンをつけて寝ると起きる時身体がどうしても痛いからという私の我儘に文句を言いながらも付き合ってくれているひろを労わりながら枕元にあったタオルで汗をそっと拭ってあげた。
妙に目が冴えて眠れなくなったので水でも飲みに行きたいが動くとひろが起きそうで身体を動かせずにどうしようかとひろの顔を見ながら考えていた。
「…どした?」
先に口が開き、その後ゆっくりと瞼があげられた。急に眠そうな掠れた声で声をかけられたので驚いて何も言えずにいるともう一度同じ質問を繰り返された。
「あ、ごめん。目が覚めちゃって」
水飲んでくる、と言ってベットから抜け出そうとしたら腕掴まれ引き戻された。緩やかに抱きしめられてまた身動き出来ない状況になってしまった。
「何時から起きてた?」
「ん、ちょっと前」
ふーん、と不服そうな声色で返事をされて二の句が継げなかった。何やら彼の勘にさわったらしい。
「どして?」
「ん?」
「どして眠れなくなった?」
私の眠りが深い事をよく知っているひろだから夜中に目覚めた事に疑問を感じているようだ。言おうか言うまいか迷って、でも言わずにやり通せない雰囲気があったのでゆっくりと言葉にする。
「夢をみた」
「どんな?」
「肩を叩かれてね」
「うん」
「それで」
その次を言い淀む私の背中をゆっくりと撫でてくれるその手の暖かさが、私に信頼した人には何でも話す子供の様な素直さをくれる。
「『幸せは何時までも続かないよ』って言われる」
夢の中の話をしていて泣きそうになっている自分が情けなかった。言い終わる前に、ひろの一重だけど大きな眼をから視線をそらしてしまった。
私は今、幸せの中にいる。其れが私を不安にさせる。
「続くかわかんないけど幸せなんだろ。其れを噛み締める事が一番大切な事だろっ」
抱きしめてくれる腕に力が込められ、二人の距離も縮まった。
顔をあげれば優しく笑いかけてくれるひろの顔がすぐ近くにあって、ああ、幸せだなと思った。
「仮に幸せが続かなくても、また幸せになればいーし、それに」
すっ、と大きく息を吸って、吐き出された言葉は口調は戯けた様にだが響きが真剣めいていた。
「俺がしてやる」
きっと顔を真っ赤にさせて言ってくれているであろうひろの言葉に胸がぎゅっと苦しくなる。
あなたは何でそんなにも強いのだろうか。
「ありがとう」
肯定ではなく、感謝の気持ちを伝えてそっと唇を触れ合わせた。何だか無性に泣いてしまいそうになったのでひろの胸に顔を埋めて早く眠りに落ちてしまいたかった。
私が幸せでは無くなってもまた幸せにしてくれると言ったあなたがいれば私は何時だって幸せなのだ。隣にあなたがいる事が幸せなのだから。
私のいう幸せの終わりはあなたが私の前から去る事だというのに、そんな事などありはしないという様なあなたの強さに時々胸が苦しくなる。
自分の中で大きくなり過ぎているあなたの存在を失う事が怖くて、やっぱり私の不安は解消される事はない。