家族の話になると、人は自慢か自虐に走ると思うのだが
断然自虐に走ってしまうさちです
よく「変わってる」という言葉が自分のアイデンティティみたいに語る人がいて
それに巻き込み事故に逢いがちなのですがそれには
「人ってみんな違ってるし、変わってるのって当然でしょ、ってか変わってないやつなんていない」
とかなんとか妙に否定をして他人をひかせてしまうのが私なのですが
それには母親が由縁しているとおもう、てか確実にそう
思えば小さい頃から私は父親っこで、泰然自若でこだわりの強い父が好きだった
頑固ではあるものの、どんなことでも寛容でそのくせ自分の好きなこといは一直線
こと食に関してはこだわりが強く、好きな食べ物を食べるためだけに何時間もの運転もものともしない
流行のテーマパークより山や渓谷に車を走らせる父がかっこ良く見えた
私の嫌いなものは少ない(餡子のみ)のに偏食の所以はそこにある
(なんならファーストフードやファミリーレストランは中学生まで行ったことなかった)
反して母はミーハー気質でこだわりも少なく人に流されやすい
いつまでたっても女子高生のような心持の何とも私にとっては理解しがたい生き物である
(なんならファーストフードやファミレス、テーマパークも母の方が好き)
しかし母とは本とか映画とかそういった面では気が合い
何だかんだと会話は盛り上がる、殊イケメンに対しては尚のこと
(母のパソコンのデスクトップは高良健吾だし、メールアドレスには高岡蒼甫)
小さい頃から体が小さく(今も)人見知りで人付き合いに苦手で
だからこそ他人の目を気にしまくっていた私だが
GRAPEVINEに出会い音楽を知り自分の好きなことへ突き進むことへ
誰よりも応援してくれたのは、母だった
中学生の時に初めてライブに行く時も、一人で遠征に行くことも
「え、いってこーい」と至極軽くではあるが応援(?)してくれたのは母だった
高校入って校則で禁止されているピアスをあけたときも「いいね、私もあけたい」と
なんなら私の2つ目のピアスホールを開けたのは母だし、その後自分もあけていた母
友達の結婚式出席でドレス選びの時に気に入ったのが白いドレスで戸惑っていた時に
母の「大丈夫でしょ」と適当な事をぬかし、当日友達から忠告を受ける事にもなった
社会人になって一時金髪にした時も「え、会社は金髪ってだめなの?」って本当に
不思議そうに私に宣った母(当然のことながら金髪ダメだろ、おい)
ちょっと(?)常識知らずで、だけど、だからこそ何でも私の事を応援してくれる母が
私は本当に良かったと思う
変とか、変わってるとか、いい人とか、悪い人とか
そういった形容詞にまず疑いをもってかかる天邪鬼精神満載の私たち親子
臆病なようでしかし何にもとらわれず、いい感じの無神経さを養わされた
歪んでると言われるなら「うちの教育方針なんで」というに事欠かない
そんな母が本日退院という事で祝賀会を上げていました、がぁ
何やらビール1杯で脂汗をかきはじめ店で寝こけ朦朧としタクシー運ちゃんもびっくりの
「あー私駄目!よった、しんどい!」と何故か豪語し始め
「久しぶりだからね、しょうがないよね」とかなんとか必死にフォローの私
初めてまともに酔いの介抱したのが実母てっ!!
こちとらビール2杯に日本酒グラス2杯いって今からと思うてましたよ
これは体質と、やはり病院食ってすべて抑えられているんだねと感心
(いつも母はビール1杯でいつも真っ赤、対して私は真っ白)
結局近くとはいえど一人で帰らせられなくてワンメータータクシーに乗り込む
心配するタクシー運ちゃんにも平謝りで帰途に着いた次第です
母には敵わない
日焼けした時はバックセックスに限る(主に背中)
ゴムは避妊のためというより性病を防ぐ
子宮がん検診は処女には不要だよ
明け透けな言葉での忠告
私がセックスレス(相手すらみつけれない)になるのは母のせいだと思う
「重力ピエロ」や「そして父になる」じゃないけど
それでもやっぱり一緒に過ごしてきたこと、育て上げられたことってのは
その人の人生に大きく関わるってことを身につまされた
(飲酒の体質については…遺伝と、やっぱ心持ち)
何はともあれ、無事退院おめでとう