情けない事に同じ失敗ばかりを繰り返し過ぎて今回ばかりはどうしようもなく自分をぶん殴ってやりたい衝動が収まりません
またもお酒での失敗
ここまでくるとアル中だと思う
飲み始めると自分で制御できない
訳がわからなくなるまで飲む
恐ろしすぎる
昨日も飲んで財布を無くしました
一刻も早く見つかって欲しい
というか、悪用されてない事だけを願う
お酒控えよう
良い大人なんだから…
あまり人通りのない路上に一軒だけ建てられた掘立小屋より簡素な古い居酒屋。
酒と油と煙が充満した、おっさんばかりの小さな店内に
俺とゆきは指定席と化した隅っこのカウンター席に並んで座っている。
「ゆき、お前さぁ…」
隣に座ってたこわさをつまみながらもジョッキは片時も離さないゆき。
「ん、なに?」
俺は目の前の冷めきった出し巻き卵を見つめながら呟いた。
「かわいいよな」
言った途端にゆきは勢いよく噴出したのでカウンターの前に置いていたお品書きに咀嚼途中のタコわさの欠片が飛び散った。汚ねぇ。
『或る男と女の話 2』
「何、どうした、とうとう頭やられたか」
普段は並大抵の事では驚いたりしないのにゆきは可哀想なぐらい狼狽していた。
久しぶりにこいつの顕著な感情表現をみたな、と思いながらも俺は浮かない気分で飛び散ったたこわさをティッシュでぬぐった。
ゆきは性格は歪んでるし行動は奇怪だしおおよそ女らしさのかけらもない。けど昔からよくモテた。
中学や高校時代もよく男に声をかけられていたし、俺の友達もかわいいとか紹介しろとか煩かった。ましてや幼馴染だから羨ましいとかむかつくとか言われたりもした。
「…て、翔太が言ってた」
白くて細くて顔もかわいい、らしい。だけど確かに俺はゆきをかわいいだなんて思った事が一度もない。
周りが可愛いやら綺麗だとか言ってもそう思った事がない。女としてみた事がないのだと思う。
俺が思った事ではないと知ると安心したようにふーん、と一言呟きまたいつもの何考えているのか解らないような無表情の顔に戻った。
ゆきは全く愛想がない。俺は愛嬌のある子が好きだからゆきみたいな愛想のない奴は全然かわいいとは思わないけど、翔太いわく、あのルックスであの透明感とミステリアスさはマジでツボ!らしい。
俺にはそんなツボなくて良かったと心の底から思う。
「で、なんで今日はそんな落ち込んでんの?」
大して気にしてないような態度で生を飲みながら聞かれた。質問するならもうちょっと心配した様子を見せても良いんじゃないかと思わせる聞き方に、いつもの通りで落ち着く。
ゆきの平然とした態度は俺の悩みはそんな大した事じゃないんじゃないかと落ち着かせてくれる、事もある。俺はひとつひとつ悩みというより想いの裡を整理しながら口に出来る。
「それに、まこも頷いてたんだよ」
まこ、こと、大槻 誠は俺とゆきの友達で、俺の想いの人だ。
大学のサークルが一緒で仲良くなった男の友達に、男の俺は恋をした。自分より背も高くて男前な、男に。
それまでは女の子が好きだったし、付き合ったりもしたけど、まこ程好きになった人はいない。初めてこんなにも好きになった人がたまたま男だっただけだ、とゆきと話してて思えるようになった。
今日のサークル中、まこと翔太と三人で話している時にゆきの話になり、翔太がゆきをかわいいと言いそれにまこが頷いてから俺の気分はゆっくり沈殿していった。
「まこにかわいいって言われたいの?」
「そうじゃなくて、さ」
冷めきった出し巻き卵を箸でつつく。かわいいって言ってもらえるなら言ってもらいたい気もするけど、そうじゃない。俺はまこに好かれたいから、何でもいいから好きになってもらえるような良い印象ってやつが欲しい。
優しい、おもしろい、楽しい、いやされる、ノリが合う、何でも良いんだ。まこの好きという感情に近づける要素が欲しい。
だから同時に、そういう良い印象を俺じゃない他の奴から感じ取ったときに猛烈にそいつが羨ましいし、悔しいし、嫉妬する。
「俺にかっこいいってまこが言ってくれたって、それって好きになる要素じゃない確率が大きいじゃん…」
逆にかっこ悪い、の方がまこにとって好きになる要素かもしれない。いや、元々男って時点で好きになる印象ってやつは存在しないかもしれない。俺がどう足掻いて、好かれようと頑張ったって俺が俺である限りどうにもできないのかもしれない。
あぁ、俺はこんなにも好きで、他人に向けられる些細な賞賛にさえ嫉妬するというのに。
「好きになってもらう可能性すら初めからないんだなって」
今になってこの恋の不毛さを実感する。実感しては沈んでいく度に、俺は自分の気持の大きさを実感する。実らなくたって、今は決して手放す事ができない。諦めるなんて出来そうにない。
「すきになってもらう権利は持ってないかもだけどすきになる権利は持ってたんだから、行使できるだけしたら」
今日何杯目かわからない生を飲み干しながらゆきは静かにいった。ゆきらしい言い分だと思う。俺を軽はずみに喜ばせるような事は言わず、現実的な状況の話。淡々とした語り口は俺を冷静にさせてはくれるけど、決して気持を浮上させてくれるような事はない。
「そー、だよねー」
「偉人達は頭脳と行動と勇気を駆使して権利を争い勝ち取った」
ゆきはこちらに向き、真っ直ぐした目で俺をみすえる。いつもの気の抜けた間抜け面じゃない。こんな顔も久しぶりにみた。
「軽薄だけど其れを恋に置き換えてみたら、女だったとしてもそれは変わらないんじゃないかな」
やけに言葉に重みを感じたのは珍しく真顔だったせいなのか、そのせいで凛とした姿にみえたせいか、そうみえたのはゆきもそんな状況に陥ったり、あるいは現状陥っているせいか。
何とも言えない空気を纏ったゆきを初めて凛とした戦う女、という印象を僅かに感じた。
「そ、か。変わんないかぁ」
「戦う前から負ける方法ばっか考えて逃げる奴もいるからどーぞーお好きなよーにー」
ただ、俺がその印象によってゆきをすきになる可能性はない。
ゆきはまたいつもの気の抜けた何か考えてそうで、何も考えていない間抜け面に戻った。
「すきなようにするよ」
「そーしなさい」
二人の間に沈黙が流れる。これだけ長い間一緒にいるので沈黙でいても気にしない関係だ。俺は一人物想いにふける。未だに俺の気分が浮上する事はない。ゆきが良い奴だって思い知るたびに俺の気分は逆に沈殿する。
ゆきは性格は歪んでるし行動は奇怪だしおおよそ女らしさのかけらもない。けど、本当に良い奴だ。
まこがゆきがかわいいということに同意して頷いた、それに多少なりとも俺の気分は沈んだが俺にとってはそれよりもそのあとのまこの言葉の方がきいた。
『でも、それよりゆきは本当優しい良い奴だよな』
ゆきのことがかわいいとかきれいとか言う言葉は何度も聞いたし、そんな奴は沢山いたけど良い奴だって言った男は初めてだった。ゆきの一番の良さは容姿なんかじゃなくてわかりにくいけど深い優しさだ。でも大抵の奴はわからない。現にその時翔太も頷きはしたもののしっくりとはきていない様子だった。だけどまこは解っている。
自分が本当に良いと思っているものに激しく嫉妬して、同時にあの深い優しさに勝る自分の良い要素なんてないと愕然とした。