グリーフケアの最終章 | 女性とママに やさしい お金のヒント ~札幌発

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こんばんは。

 

家計とこころのホームドクターこと
ファイナンシャル・プランナーの阿部 有子です。
 
今日は3月11日
東日本大震災から7年ですね。

テレビで映し出される当時の様子、今の状況、
被災された方々が語られるお言葉を聞きながら

震災を経験したことのない
私が理解できていることの小ささを思います。

実際にご経験をされた方々のお気持ちを、
私が分かるということは到底できません・・・
 
けれど
 
テレビを通して
 
愛する人を亡くした方々から語られる言葉を耳にする時には、
海を越えて、糸が結ばれるように私の心も一緒になるような
感じがするのです。
 
 

「本当に夫は死んでしまったのだろうか?」

頭では現実だと認識しているのに、
感情レベルでは、夢の中を漂っているようで
私はその問いを何度も自分に繰り返していました。
 
 

「いつになったら立ち直れるの?」
 
毎晩のように、牙を向く激しい悲しみに襲われては、疲れ果てて
途方に暮れていました。
 
 
 

 

悲しみは、回避すべきものではなく、
悲しみ只中を通り抜ける道だけが、立ち直りに必要
 
 
 
日本グリーフ・ケア・センターというHP で、とあるエッセイを
見つけた私は PC
 
印刷して、心のよりどころにしていました。
このブログの、ピンクの囲いはそちらからの引用です。
 
  

 

悲しみを回避すると、

それに伴う危険も、時にはあることを忘れてはならない。  

         

 
封印された悲しみは、ふとした他の喪失体験をきっかけにして、突然、勢いよく蘇ってくることがある。    
 
これが、「遅らせられた悲嘆」 と呼ばれるもので、通常の悲嘆よりも「重い悲嘆」として立ち戻ってくるのが普通である。
 
 
 

 

悲しみを十分に表出することなく長期間過ごしてきた場合には、いつまでも晴れることなく悲嘆状態が続く 「慢性悲嘆」 の症状を呈することもある。                                                                                             

 

対処すべき適切な時期 (悲しむべき時期) を逃してはならない

ゆえんである。

 
 
・・・・・・・・・・・・
 
慢性悲嘆という状況になっても、これまた困る チーン あせると思い
 
悲しみの感情に襲われそうになったら、
他のことをしたり、気持ちを切り替えようとする!ことやめて、
 
ひたすら襲ってくる感情に身をゆだねることにしました。
 

といっても
私のしたことは・・・
 

涙枯れるまで泣き続ける。
 
でも全然枯れないので、脱水がひどくて頭痛になる。
痛み止めを飲んでは、また泣き続ける。

これだけ消耗したんだから、もう襲って来ないだろうと思っていたのに
悲しみは姿を変え、形を変えまた襲ってくる。

そして何度も何度も 打ちのめされる。

ひたすら、この繰り返し 台風
 
 
長年、夫婦で役割分担し、一つの家庭を築いていたので
これまでの自分にはなかった新しい能力を身に付けていかなければ
言い知れぬ孤独感と無力感、侘しさに呑まれ、また襲われます。
 
だから、子どものことも仕事のことも、できていましたし
日常は普通でした。 もちろん楽しいこともあって、笑顔もあります 照れ
 
 
でも、夫の生きていた日々が、どんどん後ろにさがっていってしまう
と考えては毎朝悲しかった。
 
 
 
行きつ戻りつを恐れず、時間をかけて悲しみを繰り返していくと
 
グリーフケアの仕上げとして、このような状態になっていけると書いてあることが、支えでした。
 
 
 
悲しみそのものが次第に様相を変えて来ます。

牙をむく厳しい初期の悲しみも次第に和らぎ、
優しさを帯びながら心の片鱗に引いていきます。
 
 
 
立ち直りの後の悲しさには
かつてのようなとげとげしさはありません。

むしろ、当初の自分を振り返り、追憶させる優しさや懐かしさ
人生を遠くから眺め、見詰めなおそうとする思慮深さまで備えています。
 
 
 
この記事を書いている途中、伝ってくる涙は、
 
かつてのような、痛くてたまらない とげとげしさはなく、
しとしと 温かく、やさしく、ゆっくりと、ほほを伝う涙です。
 
 
だから、
書かれていたことは、ほんとでした。。。 
 
そして、このような文書が続いていきます。
 
 
 
そんな優しさを秘めた悲しみが、こう問いかけてくるのではないでしょうか? 
 
「死別の悲しみは無駄にされていないだろうか。」
 
「悲しみは正しく消化され、意味のあるかたちで生かされているだろうか。」
 
「伴侶の死という尊い対価を払った自分は、果たしてそれに見合うだけの自分になりえているのだろうか。」
 
 
 
この問いに、「はい」 と、胸をはって答えられるようになるのは
まだまだ これから 。。。
 
 
でも、
 
かならず 乙女のトキメキ 爆笑
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ピンクで囲った文章は、すべて、
日本グリーフケアセンター エッセイのぺージより引用させて頂きました。
 
 
 

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