皆さま ごきげんよう。
毎月参拝すると神様に約束していた
高祖皇大神宮
義母の入院で心落ち着かず、
神様との約束を反故にしていましたが、
昨日、思う処あり
やっと行って参りました。
あの中山康直さんもご存知の神宮です。
中山さんはコチラをおみじん山と
呼ばれていました。
虫除けスプレー必須です。
鬱蒼と木が茂る道を歩いて行きます。
1人で歩くのも、
やっと、怖く無くなってきました。
鳥居の前で挨拶した時、
一言、天の神様からお言葉が。
すいませんとしか、
言えませんでした。
お社に到着しました。
この日はエネルギー満ち溢れていました。
(いつも、こうではありません。)
私の亡き師は、
こちらに書いてある有る神様の御霊を
お持ちだったそうです。⬇︎
ここはUFOの発着地点
わたし、何度も見ています。
波長が合うんでしょうね。
亡き師は幾度も
此方を参拝しておられました。
🪷🪷🪷
今回のタイトルは君が代
君が代の意味を
師が簡単に説明してくださっています。
師は第九識(だいきゅうしき)
別名 晢通力(せいつうりき)という
御霊を救えるエネルギーをお持ちでした。
亡き今も、そのエネルギーは
金沢のある処に有ります。
師が今から23年前に話された御説法を
紹介します。⬇︎
嫌なかたは飛ばしてください。
常識は、霊のことも絶対考えんし、
魂のことも考えんし、
結局肉体の常識だけで心地よく、
全部有縁霊になっていく。
暗闇にとことん沈んでしまう有縁霊に
みんながなっていくわけや。
現世では、立派な働きをしとっても。
立場とか知名度が凄いといっても、
魂もなし、霊という存在のこともなし、
だから現世で肉体では立派なように見えても
生命(いのち)としては、
みんな暗闇に沈み込んでるんだわ。
じゃ、どっちを選ぶ?!
この世の中では、
立派で派手に見えて
凄いなと言われるんやけど、
魂とか霊とかいう生命の実質からいえば、
もうどん底に沈んどるというくらい暗闇に。
そんなのと、現世では逆に常識と反対だから、
多くの者が狂っとるとかいうけれども、
霊も感動させ、
魂としては輝く生き方というのを選ぶか、
どっちを選びたいか?!
そうなると、はっきり言って、
これは常識感覚ではできんということや。
これを教えるのは俺だけやし、
それを実現させるのは俺の力、
晢通力だけだよ。
済度人は与えて生きることや!
与える晢通力という元は、
全部俺からもらってるんだから
元々、自分の物って何もないわけや。
俺からもらって与えるんだから、
俺から取り尽くさんと与えられんわけや。
自分ら、俺から取らんから与えられん。
有縁霊をがっかりさせる一方
できとるってことやろ。
絶対力、晢通力を
自分が使わせてもらって
それをどんどん俺が与えるものを
取り尽くして、
それを与える。
これを「布施」というんです。
「布施」に生きたい人❓
与え尽くしていく。
自分ら、しみったれとるから、
与えることをあまりやらんわけよ。
金も、有縁霊が感動する済度ロマンのために
使わんとこうとおおむね、これや。
なるべく
自分のものだけにしておいとこうとか。
なまけすぎなんですよ、
俺から言わせると。
現世の肉体を保つことのためだけに
何もかも終わらせて。
それが滅びるってことよ。
自分の肉体だけのことばかりでいく者は、
みんな滅びる。
肉体は、終わっていくから。
でも逆に栄えるには、
生命が一体であるという
この働きをいつでも徹底する者は
永遠に栄えます。
これが最近、
あまり歌うことがない「君が代」
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
これ意味が絶対的に深いんやぜ。
他の国の国歌なんていったら、
そんな深いもんじゃない。
それこそ普通の者が、
想像できないほど深すぎるくらい深い。
それを自分たちは教えられてんだから。
君が代の「きみ」は、
何回も言うけど伊邪那岐、伊邪那美、
男女の融合です。
それで、そうしたことを
徹底していく者たちが創る世の中は、
さざれ石が巌となりて。なんです。
まず、男と女は、肉体ではバラバラ。
そこに融合が始まるってことは、
その融合が全てに及んでいく。
それが、
「さざれ石が巌となりて」ですよ。
「巌」ということは、
さらに大きな生命(いのち)の
融合の働きになって、だからこそ永遠に栄える。
これが「苔のむすまで」
そこまで、「君が代」っていう歌を
絶対的に表現するとか、
解釈する者を今まで見たことあるか?
般若心経もいっしょだってことや。
この生命の融合を徹底して考えていく者は、
どこまでも栄える。
これが、波羅僧羯諦。
ともに行こうということは、
さざれ石が巌となるということや。
いっしょに行こうということは、
融合して行こうやろ。
これがバラバラで行こうとなったら
滅びるんです。
バラバラで行くってことは、
働きがなく、消えていってしまうことや。
ところが、融合をいつも心がける人は、
肉体が終わっても、
さらに生命として輝く。
この肉体が終わっても生命としては、
どこまでも輝き続ける。
だから、行こう!行こう!
どこまでもともに行こう。
さらに多くといっしょに行こうと、
その生き方をする者は、
永遠に栄えるということや。
こういう事実は、
俺しか教えんでしょう。
絶対的なこの生命の働き、
生命ロマンを俺しか教えんという
そんな場で、どんよりなんかしとんな!
ここで、慌ててイキイキしようたって、
ダメなんや。
これにも平生業成がある。
どの瞬間も有縁霊一体でという、
このロマンを生きてるんだったら、
ここはさらなる活気でみなぎって
有縁霊を感動させることになるけど、
自分らが曖昧に生きとると、
ここで落ちるわけです。
これが、どんよりなんです。
俺の願いに全然近づいてないというか、
遠すぎるよ、いつまでも。
済度とは、
国や様々な歴史に
宿って沈んでいる闇を救うこと。
浄土真宗にも若干、
済度という言葉があるけれども、
それを更に深いところから
第九識の魂が降りてこられ、
今世、全部救いましょうというのが,
今世の済度。
かつて云われていた親鸞聖人の
浄土真宗の済度とは、深みが違う。
それを行うのが、金沢の済度場なのです。
🪷🪷🪷
師のお話の中に出てきた布施という言葉。
今年のお正月、
六波羅蜜寺の御神籤を引いてでた言葉が
自分のもっているものを
他に分け与え恵みを施すこと
このお札、南無阿弥陀仏のお札と共に
常にお財布の中に入れてあります。
私にとっての布施は
金沢の済度場にお越しになられた方に対して
思いっきりのおもてなしをする事。
来月も遠方からおふたりいらっしゃいます。
私と霊能者アミさんで
心からのおもてなしさせていただきます。
今まではランチ会を開いていましたが、
これからは、済度場に行きたいと
仰ってくださる方に対して
時間を設けることにしました。
不思議と、
そういう日って設けられているのですよ。
🪷🪷🪷
済度や霊界という言葉に
なかなかピンとこないと思います。
直ぐには金沢まで行けないわ!
とおっしゃる方、
オンラインで対応させていただきます。
気軽にご連絡ください。
haru8816forest@gmail.comまで
🪷🪷🪷
ここまでお付き合いくださり
ありがとうございます。
皆さまの有縁の霊が救われますよう
願わせていただきます。








