昨年の我が自治体のふるさと納税額は、5億円に少し足りない程度でした。
始めた当時は数百万だったことを考えれば、とんでもない伸びです。
以前にも、「ふるさと納税の闇」としてのせました。
令和2年に、2億3千万と記録されています。
4年で1億7千万も伸びました。
但し、村の利益として積立になるのは、寄付額の5割ぐらいだと思われます。
この制度の仕組みは、国からの交付税分が足りなければ自治体独自で稼ぎなさい。
というものだと思います。
檻の中の戦いを、上から眺めているようなものです。
大きな意味での経済の仕組みとして、「誰かの黒字は、誰かの赤字」です。
民間経済はそうゆう仕組みになっていて、否定のしようがない事実です。

(貸方)貸した人がいれば、(借方)借りた人は必ずいる。
「売った」と「買った」も同じです。
左右は必ず均衡します。
ふるさと納税も、普代が増えた分どこかの自治体の税収が減っている。
返礼品を考えても、例えば、トイレットペーパーがある。
いつも買われていたところのスーパーや商店は、トイレットペーパーの売り上げが減る。
そこは常に均衡している。
民間経済の、限られた量、限られた資金が移動しているだけで全体で増えはしない。。
全体で増えるのは、誰かが銀行から借金をすることで民間総額として増える。
あるいは、政府が民間や自治体に投資する事で全体総額は増える。
それしか、誰かを減らすことなく、民間の多くの人に行き渡らせることができない。
先ほどの仕訳表で言えば、下記のようになる。

ふるさと納税で奪い合いをしなくていいようになるには、
政府が「自分で稼げ」ではなく、自治体への地方交付金を足りないところへ増やせば、
奪い合いの必要はない。
誰もがハッピーになるはずだと思うのです。
しかし、政府は国民のハッピーを嫌がり、
とにかく自分達で稼がせようとするが、
奪い合いなのであまねくは増えてはいかない。
常に誰かが、それも多くの誰かが苦しい。
黙って交付税を増やせば、自治体は金儲けにうつつをぬかしたりしている暇に、
本来の自治体サービスに専念できます。
ふるさと納税で得た資金は、自治体の安定財源としては使うには厳しい。
いつ減るかも分からない財源に、計画的な減税とか、決まった補助金とかには出来ない。
そこが地方交付税とは違う、資金の性質です。
住民にとっては、あまねく均等に助けてもらえる財源にはなりにくい。
だから、ふるさと納税額が増えたといっても、100億ぐらい貯まればですが、
あまり喜ばしいものでもない。
『30年ほど前竹下登総理が、国から自治体に一律1億円が託される「ふるさと創生事業」が世間をにぎわせました。基金(貯金)などに回す市町が多い中で、淡路島の津名町(現淡路市)が選んだのは「1億円の金塊」展示でした。』
その後、実感として市民の役には立ったのでしょうか?
隣村の田野畑村には、3億だったかの寄付が数年前ありましたが、積み立てと聞いた。
村民の役には立つのだろうか?
普代村のふるさと納税も積み立てとなっている。
地方交付税のように使途の計画には入らない。
毎年繰入金として積み立てて、大事にしまって使途が決まっていない。