人口5000人の北海道ニセコ町議員と公認会計士さとうさおりの対談動画見ました。
佐藤さおり氏は30代ながら鋭い方。
今年3月の千代田区長選挙で次点で落選。
ニセコ町議員は移住者で40代前半の男性。社会的に実績のある方。
ニセコ町議員定数は10人で普代と同じです。
対談の中でニセコ町議員は、「町村議員は決算書が読めません。」と言います。
「町村議員は、議員をやりたくてやっている人がいない。」とも言います。
「町村では有能な(表現は定かでない)人は外に出ているから・・・」人材がない。
否定はできない。というより、ほぼその通り。
予算書、決算書は町村の場合270ページぐらい、市の場合1000ページぐらいと言っていました。
確認したら普代の場合200ページ足らず。
270ページで一通り見るのに、4時間は要すると言っている。
考えてみると、夢中になってみていると2時間は軽くたっていることが多い。
しかも半分も精査しないうちにである。
数字の仕組みを完全に知っているかと言えば、まったく自信がない。
この間の臨時議会でも、補正予算のマイナスとなった意味を聞いていた議員がいた。

②のようなパターンになります。
「マイナス」が「悪」という先入観なのでしょうか?
わからないので聞いたのでしょうが、職員が説明しても、もっとわかるようにという。
これ以上どう言えばわかるのだろう? と思いながら聞いていた。
職員の困惑が伝わって来る。
それでも、職員はその議員にとっては、「わかるように説明できない職員」となる。
立場を変え、言い方を変えれば、「理解できない議員」である。
そこに「休憩」までとって質疑させる進行。
もはや勉強会となる議場。
ニセコ町議員の言葉が浮かぶ。
過去の①のパターンの話もあります。
歳出の所の決算額が5,500,000です。
当初予算は4,000,000。
支出が決算で1,500,000も増額です。
「なぜこんなに歳出が増えるのか。当初見積もりが甘くないのか?」
もっと節約しろということだと思います。
これは収益事業だったので、歳入の予算は500万が700万に。
売上が予想より200万増えて、歳出に対して150万の利益になっています。
「見積もりが甘い」と言えばそうですが、うれしい誤算です。
売上が増えれば仕入も増えます。
これに対する担当者の答弁:「今後気を付けます。」???
売上減らすように?
ニセコ町議員の「やりたくてやっている議員がいない。」については、
たぶん言葉足らずである。
恐らく、辞めたくても後釜がないから「やらざるをえない」状態を指しているのではないかと。
この間の議員の協議会で、
「なりて不足対策について」議論の場を持ってはどうかという議題が出た。
その時、非常に面白い反論が出た。
「どこが不足しているのか?10人の定数に10人いる。なんのためにやるのか分からない。」
のような趣旨であった。
あまりの認識不足に対して言いました。
「この場合のなりて不足は、無投票という意味もある。
現に普代村議会も前回無投票になっている。
10人いるから足りているということではない。
なり手がないから選挙にならず無投票になる。
そういう議会がいま全国的に発生している現状がある。」
「次は欠員の状態で無投票の可能性もあり、そうなる前に手を打つということだ。」
そんなやり取りがありました。
今、町村議会は危機的状態です。
なり手が不足すると、議員の質も下がります。
何もしなくても、無投票当選で議員になります。
現にほぼ「一般的質問」を4年一期のうちに一回もしない議員は珍しくない。
質問する議員は固定化している。
やればいいというものではないが、行政を「質す」という姿勢の問題と思っている。
質問がないということは、問題がないという認識になります。
日々毎日の村民の生活に対する行政サービスが、満足できる状態?ということです。
行政も完全無欠の存在ではない。
そこを補完するのが、10人の雁首で質していくことだと思うわけです。
トップ的立場であっても、一年に一回も質す意見がないことが「議員」と言えるのか?
エバっていうのではない。
素朴な疑問である。
そういうことが無投票の弊害であるのかもしれない。
町村議長会というところで、無投票の原因を分析した数字があります。
結論から言えば、報酬の低さという結論になっています。
そういうこともあり昨今、
報酬を上げる議会、定数を減らす議会が散見される。
分析の中で、月額報酬176,000円以下の議会は、それ以上の議会の2倍で無投票選挙になっている。
という数字があります。
報酬が低いところほど無投票選挙が多い結果となっています。
昔と違い、今はボランティアで議員をするほど余裕のある人はいません。
ほぼ生活給とならざるを得ないのが現実です。
しかして、町村において17万以下の給与から生活できるまでの報酬を上げるのは無理です。
結果として、年金で暮らせる人か、別に収入源がありそこに専念しなくていい人。
という、村人にとってハードルの高い条件になります。
必然的に、高齢者か農漁業や自営の兼業者しかありません。
仕事のある人は、程度の差はあるが、仕事を犠牲にすることもいとわない人である。
中身においても、報酬においても、
議会の在り方が変わらざるを得ない、変換期に来ていることを認識せざる負えません。