前回は議員研修の1講義目について少しだけ載せました。
東日本大震災の復興事業である、防潮堤の議論に限らず、人口減少に起因する対策としての地方創生事業についても時限立法で、いつまでにこの計画を立てなさい。というものでした。防潮堤と同じです。
先進的な計画には補助金が出るということでしたが、あれから3、4年? 成功した事例があったのか? 先進的なものがどれくらいあったのか分かりません。
少なくても、普代のそれは却下されながらも補助金を受け、事業をはじめましたがいまだに右往左往状態です。どこに先進性があったのか分かりません。批判ではなく、そこに補助金が出たことに不思議さを感じています。
内容でも結果でもなく、国の職員は「補助金を出す」事が仕事になっているのでしょうか。
補助金制度を決定する政府では、結果を求めて出します。 ここに乖離が生じます。
2番目の講義は「人口減少社会に期待される議会の役割」です。
内容は以前にもブログで書いたことですが、議会の見直しや、あとは人口減少社会の地域をいかに形成していくかということです。まあ、理想を述べられております。
3番目の講義は以下でした☟ 住民と議会とにとっては、課題を突きつける内容です。

住民への対応として、議会は消費者化した住民へ「消費者感覚」への危機意識を啓発していくことが必要であるといいます。
店舗に行って、お金さえ支払えば目的を達成できるのが消費者です。金を払っているからそうすることは当たり前です。
しかし、店舗そのものが目的であるので楽ですが、行政の場合は目的(意思)をはっきりと示し、しかも、公共的なものであるかを確認します。
「消費者化」という言葉ははじめてきく表現ですが、まあ、丸投げして望みどおりの実現を期待しているということと理解します。
住民は行政に丸投げでいいのか? ということです。
当事者としての感覚をもつこと、次世代のために地域の政策作りに住民も関わっていくことが、責任あるオーナー感覚である。と言います。
住民にすれば、「それをやるのが議員だろう」と言われそうです。
オーナー感覚というのは、共有部分には誰にも権利があり、投資家(税金)として当事者でもあり責任を持って対応すべきというところでしょうか。
新しい発想ですが、住民は面倒なことを求められても困るというのが本音ではないでしょうか。
議会が住民にそこを啓発できるとは、ちょっと思えません。
しかし、オーナー感覚として、責任ある意見を寄せられないと、議会でも対応できないということは確かです。
でも、住民は、何も言わなくてもかゆいところを探し出し、解決してくれることを望み、そこに気づかなければ議員は勉強不足だと批判されます。
そこを解決するのはやはり、「住民のオーナー感覚」なのでしょうか?
「意思決定の効率性より大事なもの」
最後に、住民の多様な声を「言うとおり」に意思決定することが大事ではない。といいます。
論点が尽くされ、「あれだけ議論したのだから、決着をつけるべき」と、納得できる状態をつくることが効率より大事ということは、そう思います。
それが望ましいのですが、残念なのは、議論にならない場合が多いということを感じています。
違った意見を言うと、攻撃の対象になることを何度も見てきました。
これは、議会に限らず、地区の集まりでもそうです。残念なことです。