坂の上の雲観て。


明治の英傑、豪傑といわれる偉人に目をうばわれる。

ふと、神代のときより誇り高かかったであろう、この国を想い入ってみる。


古くは元寇襲来から、幕末の黒船来航までと、外来のあまねく危機を乗り越え、重工業、資本主義を採用し、近代国家へと変貌を遂げた我が国、ニッポン。


明治に入り、益々熾烈になる欧米の帝国主義による亜細亜への植民地化政策。脅かされる日本。


日清、日露戦にうち勝つ。

先人は祖国と家族のために散華されていった。


現在の我々は、現在の価値観、物差しでしか物を捉え、考えなくなってしまった。


国旗国歌を例にあげても、これだけ世論を二分する国も珍しいだろう。


靖国神社には、2.463.365柱の国事殉難者がまつられている。


この柱数は古来よりの血のつながりから云えば、誰かが遠縁にあたる可能性がある。


血のつながりこそが、國體であると私は信じて疑わない。


でなければ、南方で、大陸で、あんな悲惨な死に方はできない。


國體に報いるための崇敬な死である。


他方、マルクス主義者、唯物論者は魂の存在を否定し、國體を破壊することを目論む。


過去、マルキィズムがインテリジェンスの要かのように謳われ、感化された安保闘争世代。


140年前の理論で二千年も続く、この国をかえようとする姿態には心が荒む思いがする。



国事殉難者がそうであったように、親が子の命を護るのは世界共通の認識だ。

東京消防庁の会見を目にした。明治の英傑を彷彿させる消防隊の士気の高さ。


我が身を顧みなず命をさらけ出す勇姿は日本人の誇りで日本国の誇りである。