とは、確か元大関増井山関の歌でしたか・・・
相撲といえば、最近めっきり凋落の一途をたどっておりますが。テレビ画面からもみてとれる神社での横綱の奉納土俵入りなど、古来よりの「神事」の一端であるのはご存知の通り。
その起源はWikipediaなんかですと、古事記、神代記においては、神々(タケミカヅチvsタケミナカタ)があいまみえる描写で記載されています。
日本書紀においては(同Wiki)、人間同士の戦いで最古のものとして垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日(旧暦)に野見宿禰vs當麻蹴速(当麻蹴速)の戦いが記されております(柔道でも、これを起源として)が取り沙汰されています。
京都産業大学所教授の書籍にも垂仁天皇七年七月七日起源の明示があり、概ね支持しております(私は女系容認派ではない)
というように相撲とは本来「神事」と準えられるわけであります。
私ごときが宗教をかたるなどおこがまし限りと恥を承知で、この一年色々と能書きをたれてまいりましたが、未曾有の原子力災害とゆう、「あり得ない」事象が現実に起こり、想像しえなかった、恐怖、差別、経済的損失等々がふりかかったわけでありました。
無論、我々福島県民に共通する、怒りと自責、不安と不信も、また思いを同するところでもあります。
また、東北沿岸部から関東まで津波により数万の方々がお亡くなりになり、報道をみる気力すら薄れた次第も偽らざるところでありました。
親を亡くした子供、子供を亡くした親。想像を絶する数々の方々の悲痛と無念。
筆舌に尽くしがたい、と。半世紀近く生きてきて初めての経験でありました。
そして実に多くの方々の支援と励まし、勇気と希望に満ちた言葉には感謝してもしきれないほど、沢山の感動を戴きました。
圧倒的多数の善意は、弱っている心には何よりの薬でありました。
心の拠り所(絆とも)を無くした方々はどんなに励まされたことかと思い通わせるところであります。
政府や東電の処遇には、憤懣やるせなく、憤り以外の何物でもないが、日本人の心根はまだまだ「生きている」と僭越ならが感じた次第でありました。
私は無宗教者というより、神や仏は自分の都合でしか扱わないふとどき者なのですが、唯一、神社の雰囲気が好きで、たまに足を運びます。
すると、必然、神々(神話)に興味を持ち、たまに本を買ったりする程度に不見識の埋め合わせをしております。
震災後の心の拠り所(絆)を具体的にまさぐる手段としてボランティアの方々の暗中模索から試行錯誤展開する善意あふれる、心の繋ぎ手の姿には信念を感じました。
個々の宗教観は存じ上げる術はありませんが、ある種の日本人的な「畏怖」の概念がみてとれた気が致しました。
つまり、困っている人を、見て見ぬふりは、やがて厄となって我が身にふりかかる、的な日本人特有の宗教観念、とでも申しましょうか…。
それは決して利害的なものではなく、大昔からならってきた、引き継がれてきたもの…といった感覚でしょうか。
私ら現代に生きる日本人にも古来から引き継がれている無形の文化が知らず知らずに受け継がれている。
そんなものが、この未曾有の震災にて発見出来たことでもありました。
人間としてのいたらなさを含め猛省しつつ、生涯忘れられない一年を締めくくりたいと思います。
来年は皆様にとって幸多き年になりますよう、心より祈念いたす次第であります。
相撲といえば、最近めっきり凋落の一途をたどっておりますが。テレビ画面からもみてとれる神社での横綱の奉納土俵入りなど、古来よりの「神事」の一端であるのはご存知の通り。
その起源はWikipediaなんかですと、古事記、神代記においては、神々(タケミカヅチvsタケミナカタ)があいまみえる描写で記載されています。
日本書紀においては(同Wiki)、人間同士の戦いで最古のものとして垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日(旧暦)に野見宿禰vs當麻蹴速(当麻蹴速)の戦いが記されております(柔道でも、これを起源として)が取り沙汰されています。
京都産業大学所教授の書籍にも垂仁天皇七年七月七日起源の明示があり、概ね支持しております(私は女系容認派ではない)
というように相撲とは本来「神事」と準えられるわけであります。
私ごときが宗教をかたるなどおこがまし限りと恥を承知で、この一年色々と能書きをたれてまいりましたが、未曾有の原子力災害とゆう、「あり得ない」事象が現実に起こり、想像しえなかった、恐怖、差別、経済的損失等々がふりかかったわけでありました。
無論、我々福島県民に共通する、怒りと自責、不安と不信も、また思いを同するところでもあります。
また、東北沿岸部から関東まで津波により数万の方々がお亡くなりになり、報道をみる気力すら薄れた次第も偽らざるところでありました。
親を亡くした子供、子供を亡くした親。想像を絶する数々の方々の悲痛と無念。
筆舌に尽くしがたい、と。半世紀近く生きてきて初めての経験でありました。
そして実に多くの方々の支援と励まし、勇気と希望に満ちた言葉には感謝してもしきれないほど、沢山の感動を戴きました。
圧倒的多数の善意は、弱っている心には何よりの薬でありました。
心の拠り所(絆とも)を無くした方々はどんなに励まされたことかと思い通わせるところであります。
政府や東電の処遇には、憤懣やるせなく、憤り以外の何物でもないが、日本人の心根はまだまだ「生きている」と僭越ならが感じた次第でありました。
私は無宗教者というより、神や仏は自分の都合でしか扱わないふとどき者なのですが、唯一、神社の雰囲気が好きで、たまに足を運びます。
すると、必然、神々(神話)に興味を持ち、たまに本を買ったりする程度に不見識の埋め合わせをしております。
震災後の心の拠り所(絆)を具体的にまさぐる手段としてボランティアの方々の暗中模索から試行錯誤展開する善意あふれる、心の繋ぎ手の姿には信念を感じました。
個々の宗教観は存じ上げる術はありませんが、ある種の日本人的な「畏怖」の概念がみてとれた気が致しました。
つまり、困っている人を、見て見ぬふりは、やがて厄となって我が身にふりかかる、的な日本人特有の宗教観念、とでも申しましょうか…。
それは決して利害的なものではなく、大昔からならってきた、引き継がれてきたもの…といった感覚でしょうか。
私ら現代に生きる日本人にも古来から引き継がれている無形の文化が知らず知らずに受け継がれている。
そんなものが、この未曾有の震災にて発見出来たことでもありました。
人間としてのいたらなさを含め猛省しつつ、生涯忘れられない一年を締めくくりたいと思います。
来年は皆様にとって幸多き年になりますよう、心より祈念いたす次第であります。