真理があなたを自由にする
ということは
どういうことだろう?
コンピューターやスマホの発達で
現代社会は情報社会と表現されることが多いです。
様々な情報に溢れていて
どれを選んだらいいのか
迷うこともあります。
でも、一方では
自分に合う情報が来てるなと
思うこともあります。
情報社会とか
情報を探すとかいいますが
外側に探す
というイメージを持っていました。
でも、ある時思いました。
感情
自分の"情を感じる"と書きます。
自分の中にある情報を
感じている状態が
感情なのでしょうか?
感情を見直す
ということを意識してきたこと
それは、自分の中にある情報を
探していることだったのでは?
情報社会
自分が見ている現実は
自分が作っているとしたら?
自分の中の情報と
外側の情報が引き合って
創られる?
そうだとしたら
感情を見直すことで
自分の中の情報をきれいに整理すれば
外側のきれいに整理された情報と引き合う。
ということになるのでしょうか?
感情を見直し、整理する。
そのことを
"真理があなたを自由にする"
に繋げてみると
自分は、どのような情報を選ぶのか?
普遍的な不変の真実というのが
真理ならば
選んだその情報で、現実を創っていき
自分の中の情報が真理になるとき
自由になる
そういうことなのでしょうか?
今日は少し、別の角度で見てみました。
🌿
あなたは、どう思いますか?