気持ちが落ち着いた書こうと思ったまま、気持ちが全く落ち着かず

病気が分かってから4か月以上がたってしまいました。

 

体温とか副作用とか、そういうことはメモしてますが、その時の気持ちとかはメモはしてなくてえーん

だんだん忘れてしまいそうなので(って、ずっと落ちていますが)少しずつ振り返りながらも、時系列、おかしくなるかもですが、記録として少しずつ残しておこうと思います。

 

わかってからここまでの経緯を簡単に。

3月末:きづく

自分でしこりを発見→次の日、近くのクリニックですぐに生検

 

4月中旬:診断①

検査結果でる。ルミナールBよりのA?HER2+1で追加検査→でも多分大丈夫だと思うから?(今考えればどうして先生は大丈夫だと思ったんだろ?勘?)

先生が非常勤をしている大きな病院で部分切除しましょうと言われ手術の予約を6月末に入れる。その時は抗がん剤必要なし、放射線治療になると言われ、心底安心したのを覚えてる。この時は知識がなさ過ぎてがん=抗がん剤と思ってた。

そして、手術が2か月も先なのを不安に思っている私をみて、できることは早めに始めましょうと、リュープリンを打たれる

この時までは先生は「治るから!治しましょう!」って言ってくれて心強かったな。

 

4月中旬:CT、MRI

別日にMRIとCT。喘息の既往歴があるため、造影剤は使えないと言われ、造影剤無しのCT。詳しく見えないのでは?と不安になる

 

4月下旬:診断②

HER2追加検査とMRI、CTの検査結果を聞きに行く。

正直HRE2の結果は大丈夫だと思っていた。出たら、電話するみたいなことを言われていて、電話もかかってこなかったし。(結局電話は忘れてたのかな?)

結果、追加検査でHER2陽性になり、抗がん剤治療が必要になり、非常勤の先生では抗がん剤治療の指示だし??はできないらしく、転院というカタチになる。(転院もいろいろあったけど、それはまた)

一度は抗がん剤を覚悟して、そのあと抗がん剤の必要がないと思っていたから、一度持ち上げられた気持ちを落とされて、かなり落ち込んだ。

この時はHER2の怖さをきちんと理解していなかったけど、先生からの「治るから!」って言葉がなく、すごく不安になった。今、思えば自分が主治医ではなくなるから、簡単には言えない状況だっと思うけど、何かコメントが欲しかった。

そして、この先生合わせて3人目の先生だけど、この先生が一番はっきり言ってくれて、私には合っていたかも。

 

5月中旬:転院先大学病院初診

13時半予約で診てもらえたのは16時過ぎガーン大きな病院の洗礼をうける。

時間がかかると思ったから最後にしましたとは言われましたが。早く言ってほしかった。ひたすら待ってたよ。

私より若い女性医師。

エコーで詳しくみてくれる。前の病院から6mmと聞いていたが、エコーでは1cm。これはこの数週間で急激に大きくなったのではなく、MRI?CT?の結果が6㎜。エコーでは前の病院のデータも1cmぐらいあると言われた。検査方法でそんなに違うの??

6mmだったら手術先行と思っていたが1cmだったら術前抗がん剤も視野に。ということでカンファレンスにかけさせてほしいとのこと。

病理検査もあらためて大学病院でやることに。

 

5月下旬:大学病院での診断

最初のクリニックでの診断とほぼかわらなかったが、グレードが1→2にえーん

理由を聞いたが「スライスの仕方が違って・・・」と曖昧な感じ。病理の先生は違うのでしょうがないと思うが、もう少し、説明をしてほしかった。

あと「前回言い忘れていたけど、CTで卵巣がひっかかっているので、検査しておきましょう」と。言い忘れた??プンプン

この辺りから、女医先生への不信感が少しづつ出てきました。

そして手術先行か、術前抗がん剤かはどちらでもいいとのこと。ご

自身で決められますと。ポーン

いや、どちらでもいいって??私がきめるの??絶望

とりあえず、1回目の抗がん剤の予約を6月初旬しておいて、当日、結果を教えてもらえればいいということになった。

え??抗がん剤準備してるけど、やっぱり手術先行だから、今日は抗がん剤やりませんでいいの??

大学病院すごいところですね。

もうすごーい悩みました。いろんな人に相談して。でも最後は自分できめました。

術前抗がん剤にしました。

 

6月上旬:抗がん剤前の検査(術前抗がん剤を選択する時のために)

歯科検診と、心エコー(これは抗がん剤1回目の朝)、ケモ室の説明と薬剤師相談

あと、ひっかかっていた卵巣関連について婦人科の検査もあった。同じ大学病院でできたのでよかった。

 

6月中旬:抗がん剤スタート

いろいろ、いろいろ考えて抗がん剤先にした

手術日も仮予約した

 

7月上旬:主治医変えてもらう

 

7月中旬:卵巣の結果出る

卵巣は大丈夫でしたが、子宮内膜に細胞集塊がみられ、がんの疑いの結果。

なんか、もう全てがひっかかるんだと落ちる

とりあえず再検査になる

 

7月中旬:BRCA検査うける

 

7月下旬:子宮内膜の再検査結果でる

悪性像はみられなかったとのことで、定期検査となる

 

8月上旬:BRCAの結果でる

BRCA2陽性。

また、ひっかかった。HER2陽性、卵巣、BRCA、もう全部にひっかかるんかんじ

この数か月で一番落ちた。

子どもたちのこと、親のこと・・・自分だけの問題ではなくなった

 

8月中旬:遺伝子カウンセリング受診①

まずは婦人科系。大学病院なので研修中の学生さんも勉強のために同席。いいですよって答えたものも、私が大泣きして、学生さんには申し訳なかった。

娘より6個ぐらい上だけど、なんか本当に申し訳なかった。

カウンセリングの先生はちゃんと話を聞いて、意見もしてくれる先生でよかった。私が求めてるのはこういう先生だな。

 

8月中旬:術前抗がん剤中 いまここ

パクリタキセル8/12済、フェスゴ3/4済み

 

8月下旬:遺伝子カウンセリング②予定

消化器系のがんにもかかりやすいとことで(全部じゃん泣

カウンセリング予定

 

8月31日

術前抗がん剤終了予定

 

9月中旬

両方(遺伝子ひっかかったので予防的切除も含む??)全摘予定

 

簡単にって思ったけど、かなり長くなってしまいました。

 

それぞれの詳しい話しとか、抗がん剤のこととか、BRCA陽性のこととか、仕事のこととか、こどもたちの様子とか、また書こうと思います。

 

 

 

今日は誕生日。

 

病気が分かって3か月。
最近、だいぶ気持ちは落ち着いたはずだったのに今日は久しぶりに泣いた。

なんの涙かわからない。けど辛い。

 

 

病気のこと、娘と息子に伝えたあと、この話はしていませんでした。

いたって普通にすごしてました。

でも、どっかで、話さなきゃとも思ってて。


ファミレスで3人でごはんを食べてるとき、何気なく、息子が高校の文化祭を見に行きたいと言い出し、予約しなきゃ入れないとこもあるよという話になり、その頃、ママ入院?って聞かれました。

まだわからないって答えたあと、この流れで病気の話ができるかな?って雰囲気になり、ファミレスだったけと、思いきって以下のことを話してみました

・病院は住んでる県→となりの県にした

・まだ治療が先か手術が先かはわからない。きまったら伝える

・手術は10日ぐらい入院だと思う

・入院中はばばやママのお友達が毎日きてくれるから心配ない

・治療は通院だから家にいる。でも3週に1回、1週間ぐらいは寝たきりみたいになって、次の週はちょっと良くなって、その次の週は元気でそれを繰り返す

・娘のお弁当、作れなくなる日もでてくる

・ふたりの修学旅行とか、林間学校の予定にかぶらないようにする

・髪は抜けちゃう→ここでは息子が写真とってあげるよ〜と、笑いも起きました

・ふたりはいままでどおりの生活をつづけられるよ


で、途中から娘が泣いていることにきづきました。

どの話がトリガーになったのかはわかりません。

息子は大丈夫そうでしたが、娘が泣いてることに気づいてたと思います。


帰宅して、娘に話かけたとこ、また泣き出してしまい…

娘は泣き出すと、自分の気持ちを言ってくれません。小さい頃からずっとそう。

こうなったら、当分気持ちは聞けなそう。


今日も朝から元気はなく、話しかけるとかすかに答える程度。

どんなふうに伝えればよかったのかな。


まわりはみんなそうですが、手術をして取り出せば終わると思ってる。部長もそうだし、何回説明しても、そうなんだ〜って感じ。

娘もそう思ってたのかな?治療についてはじめて聞いたからびっくり&悲しくなったのかな。

しかも、こないだみた映画…リンクしちゃったかな。


娘の精神状態が心配すぎる。