幸福を最勝となす



ある時、アヌルッダは、衣のほころびを縫おうとしていた。 だが、眼を失った彼は、
針の穴に糸を通すことができなかった。
彼は心の中で、 ーー もろもろの得道の聖者の中に、誰か わがために、針の中に
糸を通してくれるものはあるまいか ーー と念じた。

世尊がそれを知って、アヌルッダのところに行き、彼に言った。
「 アヌルッダよ、さあ、わたしがそれを通してあげよう。」

アヌルッダは、おどろいて、世尊に申して言った。
「 世尊よ、いま わたしが心の中で考えていたことは、誰ぞ この世間の聖者にして、
 幸いを求めんと欲する者は、わたしのために糸を針の穴に通して
 徳を積んでくれるがよい、ということであった。」

そのとき、世尊は、彼に語って言った。

「 アヌルッダよ、徳を積んで世間の幸いを求むる人、またわたしに過ぎる者は
 ないであろう。」

それを聞いて、アヌルッダは、世尊に問うて言った。
「 世尊よ、如来の身はすでに真法の身であらせられる。 またさらに何の求むる
 ことがあろうか。 
 如来はすでに生死の海を渡り、愛着を脱している。 しかるに、いままた、
 何の故に幸いの道を求めんとするのであるか。」

世尊は答えて言った。

「 アヌルッダよ、如来は、六方において厭 ( あ ) きて足ることなし、ということを
 知っているか。 
 その六とは何であろうか。 一に 法施である。 二には 教え誡むることである。
 三には 忍耐、 四には 法を説き義を説くこと、 五には 衆生を愛護すること、
 六には この上なき正真の道を求めること。
 アヌルッダよ、これを、如来は六法において厭きて足ることなし、というのである。」

そして、世尊はさらに、詩を説いて、かく教えられた。

この世にある さまざまの力のうち、
 さいわいの力こそ 最もすぐれている。
 天界にも人界にも、これにまさるものはない。
 この幸いによって、仏の道を成ずる。」




                                                          


                          増谷文雄著 ( 阿含経典による 仏教の根本聖典 より )







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