黒田三郎詩集より  「 星のように遠く 」
 
 
 
         ちょっとした過失が
 
        お前の胸に雲のような影を落とす
 
        「 過ぎてしまったことは取りかえしがつかない 」
 
        たったそれだけの理由で
 
        一羽の蝶よりもやすやすと
 
        お前は貪欲な蜘蛛の巣に身を投じる
 
        ああ
 
        重すぎる運命を着物のように脱ぐために
 
        お前は あてもなく呼びかける
 
        「 それが私の罪だろうか 」
 
        並木の燃える町の彼方から声は帰ってくる
 
        「 それが私の罪だろうか 」
 
        鉄道線路を横切り魚屋の土間をぬけて
 
        声は帰ってくる
 
        「 それが私の罪だろうか 」
 
        この世にある ありとあらゆる壁にぶつかって
 
        声は帰ってくる
 
        「 それが私の罪だろうか 」
 
 
 
        星のように遠く美しい世界で
 
        だれかが私の右手を握っていてくれたことがある
 
        星のように遠く美しい世界で
 
        だれかが私の左の手を握っていてくれたことがある
 
        そのとき
 
        あたりは静まりかえって
 
        私はただ自分のかるい跫音に
 
        ききとれていたのではなかったか
 
        一羽の蝶よりもかるがるとこの世に生きていて
 
        ただ僅かに自分自身であれば
 
        それでよかったのではなかったか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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