ブッダの言葉 ( 原始仏典より ) 4
人は信仰によって激流を渡り、精励によって海を渡る。
勤勉によって苦しみを超え、知恵によって全く清らかとなる。
サビヤよ。 一切の悪をしりぞけ、汚れなく、よく心を静め保って、
みずから安立し、輪廻を超えて完全な者となり、こだわる事のない人、
ーー このような人が まさにその故に、道の人と呼ばれる。
身を受けた生きものの間では それぞれ区別があるが、人間のあいだでは
この区別は存在しない。
人間のあいだで区別表示が説かれるのは、ただ名称によるのみ。
物質的領域に生まれる諸々の生存者と、非物質的領域に住む諸々の
生存者とは、消滅を知らないので、再び この世の生存にもどってくる。
執著によって生存が起こる。 生存せる者は苦しみを受ける。
生まれた者は死ぬ。 これが苦しみの起こる原因である。
それ故に諸々の賢者は、執著の消滅するが故に、正しく知って、
生まれの消滅した事を熟知して、再び迷いの生存にもどる事がない。
邪悪を払い除いた人は、見たり学んだり 思索したどんな事でも特に執著して
考える事がない。 かれは他のものによって清らかになろうとは望まない。
かれは貪らず、また嫌うこともない。
かれは、すでに得た先入見を捨て去って 執著する事なく、学識に関しても
特に依拠する事をしない。
人々は種々異なった見解に分かれているが、かれは実に党派に盲従せず、
いかなる見解をも、そのまま信じる事がない。
平静であって、常によく気をつけていて、世間において他人と自分と等しい
とは思わない。 また自分が優れているとも思わないし、また劣っているとも
思わない。 かれには煩悩の燃え盛ることがない。
諸々の欲望を顧慮する事のない人、 ーー かれこそ平安なる者である、
と わたくしは説く。 かれには縛り目の結び目は存在しない。
かれはすでに執著を渡り終えた。
修行者は心のうちが平安となれ。 外に静穏を求めてはならない。
内的に平安となった人には、取り上げられるものは存在しない。
どうして捨てられるものがあろうか。
ウダヤよ。 愛欲と憂いとの両者を捨て去ること、沈んだ気持ちを除くこと、
悔恨をやめること、平静な心がまえと 想いの清らかさ、
ーー それらは真理に関する思索にもとづいて起こるものであるが、
ーー これが、無明を破る事、正しい理解による解脱であると わたくしは説く。
諸々のつくられた事物は、すべて無常である。 生じては滅びる性質のもの
である。 それらは、生じては滅びるからである。
それらの静まるのが安楽である。
恥を知って自制する人は少ない。 かれらは常に気をつけて生活し、
苦しみの終滅に到達して、逆境にあっても平静に生きる。
正しい行為と 明知と教え、戒めと最上の生活、 ーー 人は これによって
清められる。 氏姓や財産によって清められるのではない。
それ故に賢明なる人は、真理を正しく弁別思惟せよ。
このようにしてこそ、人は清められる。
老いに至るまで戒めをたもつことは、善いことである。
信仰を確立することは善いことである。
明らかな知恵は、人々の宝である。 福徳は、盗賊も奪い去りがたい。
言葉と心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで、もしも富んだ
家に住んでいるならば、( 1 ) まことあり、( 2 ) 柔和で、( 3 ) よく分かち与え、
( 4 ) 温かい心でいるならば、これらの四つの事柄に安住している人は、
来世を恐れる必要がない。

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