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ブッダの言葉
もし 沙門や バラモンが、これが神通力である と言ったならば、その人に対して このように答える
べきである。 「 このような神通力は あるには ある。 ないというわけではない。
しかし、このような神通力は 卑しく劣ったもので、凡夫が行なうものであり、賢者聖人が 習い修める
ものではない 」、 と。
もし、比丘が世の中において、愛着の心を起こさせるものにも染まらず、それを捨て去って、行なうべき
とおりに行なうならば、これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
喜ばしからぬものに対しても、憎悪の感情を持たず、それを捨て去って、行なうべき通りに行なうならば
これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
世の中において、愛着の心を起こさせるものにも、そうでないものにも、愛着と憎悪の感情を 両方とも
捨て去って、偏 ( かたよ ) りのない平かな心を修めて、ひたすら思いを集中して 亡失することが ない
ならば、これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
善生よ、このことを知っておくように。 煩悩から生じる 四つの行いとは、第一に 生きものを殺す
こと。 第二に 人のものを盗むこと、第三に みだらな行いをすること、第四に うそをつくこと、
これが煩悩から生じる 四つの行いである。
四つの所とは何か。 第一に 欲望、第二に 怒り、第三に 恐れ、第四に 愚かさである。
尊き師は 次のように述べた。
神の使者によって 呵責される わがまま放題に振舞う輩、
劣った集団に属する人々は、長夜、憂いを抱く。
しかし、このとき、正しい法に従い、
決して わがまま放題に振舞うことのない 正しい人々は 神の使者に呵責されて、
生死を引き起こす 執着のなかに恐怖を見出し、
執着を離れることによって、生死の寂静において、解脱する。
平安に達し、楽をもつ人々は、現世において寂滅することで、
すべての 怨みと 恐怖を超え、すべての苦しみを乗り越えているのだから。
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ブッダの言葉
もし 沙門や バラモンが、これが神通力である と言ったならば、その人に対して このように答える
べきである。 「 このような神通力は あるには ある。 ないというわけではない。
しかし、このような神通力は 卑しく劣ったもので、凡夫が行なうものであり、賢者聖人が 習い修める
ものではない 」、 と。
もし、比丘が世の中において、愛着の心を起こさせるものにも染まらず、それを捨て去って、行なうべき
とおりに行なうならば、これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
喜ばしからぬものに対しても、憎悪の感情を持たず、それを捨て去って、行なうべき通りに行なうならば
これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
世の中において、愛着の心を起こさせるものにも、そうでないものにも、愛着と憎悪の感情を 両方とも
捨て去って、偏 ( かたよ ) りのない平かな心を修めて、ひたすら思いを集中して 亡失することが ない
ならば、これこそ 賢者聖人の神通力 と名づける。
善生よ、このことを知っておくように。 煩悩から生じる 四つの行いとは、第一に 生きものを殺す
こと。 第二に 人のものを盗むこと、第三に みだらな行いをすること、第四に うそをつくこと、
これが煩悩から生じる 四つの行いである。
四つの所とは何か。 第一に 欲望、第二に 怒り、第三に 恐れ、第四に 愚かさである。
尊き師は 次のように述べた。
神の使者によって 呵責される わがまま放題に振舞う輩、
劣った集団に属する人々は、長夜、憂いを抱く。
しかし、このとき、正しい法に従い、
決して わがまま放題に振舞うことのない 正しい人々は 神の使者に呵責されて、
生死を引き起こす 執着のなかに恐怖を見出し、
執着を離れることによって、生死の寂静において、解脱する。
平安に達し、楽をもつ人々は、現世において寂滅することで、
すべての 怨みと 恐怖を超え、すべての苦しみを乗り越えているのだから。
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