ダンマ ・ パダ ( 法句経 ) ー ( 6 )
思慮ある人は、奮い立ち、努めはげみ、自制 ・ 克己 によって、激流も おし流す事のできない
島を作れ。
心は、極めて見難く、極めて微妙であり、欲するがままにおもむく。
英知ある人は 心を守れかし。 心を守ったならば、安楽をもたらす。
この身は泡沫 ( うたかた ) のごとくであると知り、かげろうのような はかない本性のものであると、
さとったならば、悪魔の矢を断ち切って、死王に見られない所に行くであろう。
栴檀、タガラ、青蓮華、ヴァッシキー、これら香りあるものどもの内でも、徳行の香りこそ最上である。
眠れない人には 夜は長く、疲れた人には 一里の道は遠い。
正しい真理を知らない愚かな者たちには、生死 ( 輪廻 ) の道のりは長い。
「 わたしには子がある。わたしには財がある。」、 と思って愚かな者は悩む。
しかし すでに自己が自分のものではない。 まして どうして子が自分のものであろうか。
どうして財が自分のものであろうか。
「 これは、わたしのした事である。 在家の人々も 出家した修行者たちも、共にこの事を知れよ。
およそ なすべき事と なすべからざる事とについては、わたしの意に従え。」
―― 愚かな者は このように思う。 こうして欲求と 高慢 ( たかぶり ) とが たかまる。
一つは 利得に達する道であり、他の一つは 安らぎにいたる道である。
ブッダの弟子である修行僧は このことわりを知って、栄誉を喜ぶな。 孤独の境地にはげめ。
人々は多いが、彼岸に達する人は少ない。 他の ( 多くの ) 人々は こなたの岸で さまよっている。
賢者は 欲楽を捨てて、無一物となり、心の汚れ ( けがれ ) を去って、おのれを浄 ( きよ ) めよ。
覚りのよすがに 心を正しくおさめ、執著なく 貪りを捨てるのを喜び、煩悩を滅ぼし尽くして輝く人は、
現世において 全く束縛から解きほごされている。
無益な語句よりなる詩を 百もとなえるよりも、聞いて心の静まる詩を 一つ聞くほうがすぐれている。
自己に うち克つ事は、他の人々に勝つ事よりも すぐれている。
常に行いをつつしみ、自己をととのえている人、―― このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずる事は
神も、伎楽神も、悪魔も、梵天も なす事ができない。
常に 敬礼 ( 礼儀 ) を守り、年長者を敬う人には、四種の ことがらが増大する。
すなわち、寿命と 美しさと 楽しみと 力とである。
或る人々は ( 人の ) 胎に宿り、悪をなした者どもは 地獄に堕ち、行いの良い人々は 天におもむき、
汚れ ( けがれ ) の無い人々は 全き安らぎに入る。
大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の奥深い所に入っても、およそ 世界のどこにいても、
悪行から 逃れることのできる場所は無い。
身の装いは どうあろうとも、行い静かに、心おさまり、身をととのえて、慎みぶかく、行い正しく、
生きとし生けるものに対して 暴力を用いない人こそ、( バラモン )、とも、( 道の人 )、とも、
また ( 托鉢遍歴僧 ) とでも言うべきである。
鞭 ( ムチ ) を あてられた良い馬のように 勢いよく努め励めよ。
信仰により、戒めにより、はげみにより、精神統一により、真理を確かに知ることにより、
智慧と行いを完成した人々は、思念をこらし、この少なからぬ苦しみを除け。
他人に教えるとおりに、自分でも行なえ ―― 。
自分を よくととのえた人こそ、他人を ととのえるであろう。 自己は 実に制し難い。
善からぬこと、己れの為にならぬ事は、なし易い。
ためになる事、善いことは、実に 極めて なし難い。
この世の中は暗黒である。 ここで はっきりと ( ことわりを ) 見分ける人は少ない。
網から逃れた鳥のように、天に至る人は少ない。
大地の 唯一の支配者となるよりも、天に至るよりも、全世界の主権者となるよりも、
聖者の 第一階梯 ( 預流果 ) の方が すぐれている。
バラモンよ、 戒めを渡し場としている、道理なる湖は 濁りなく澄み、幾多の善人が 善人の為に
誉め讃えたるものである。
そこでは、真の知識を得た 聖者達が沐浴し、五体を清めて彼岸へ渡る。
( 注 ) ―― ( ここにある < 道理 > は、理性、善、正義、真理、などを包括した概念です。
又、聖者というと、イエス・キリスト、とか、ブッダのような、何か 特別な存在だと思われがち
ですが、仏典の中では、正しく 美しく 慎んで 清く生きようと志して 努力する人々の多くは 皆、
聖者と呼ばれています。 )
いかなるものでも 全て無常であり、老い朽ちる。
叡智ある人達は、このように知って 日を送る。 人は動揺する事なく、この世に対する欲望を除け。
この世に汚 ( けが ) されない者を、聖者と呼ぶからである。
努める事も無く、 励む事も無くて、安楽に達する所があるならば、スヴィーラよ、 そこへ行け。
又、わたしを そこへ行かせてくれ。
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