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四 禅 ー ( 1 )
中部経典 1 、第三十一経、 「 聖なる智見の証得 」
初禅、 望むかぎり、諸々の欲を離れ、不善の事柄を離れ、粗なる思考と微細な思考をまだ伴っているが
遠離 ( おんり ) によって生じた 喜楽のある 初禅を成就して住む。
ニ禅、 望むかぎり、粗なる思考、微細な思考が滅びる事によって、内心が清浄となり、
心が統一し、粗なる思考も微細な思考も無く心の安定によって生じた、第ニ禅を成就して住む。
三禅、 望むかぎり、喜びに染まらないがゆえに、平静 ( 捨 ) であり、正しい想いがあり、
正しい知があり、身体で安楽を感受し、聖者達が、 「 平静であり、注意力をそなえた者は、
安楽がある。 」、 と 説くところの、第三禅を成就して住む。
四禅、 望むかぎり、楽を捨て 苦しみを捨てて、もうすでに 喜びと憂いとを滅したので、
苦しみも無く 楽も無く、心の平静より生じた注意力が 最も清浄になっている、
第四禅を成就して住む。
これが、そこでの 安住を超える事により、そこでの安住を 止滅する事によって、人法を超えて証得した
さらに別の 最勝智見であり、安らかな住まいである。
―― 中部経典 より ――
( ブッダは 応病与薬、と言われるほどの 多くの瞑想法を説かれていますが、基本は 四禅、です。 )
―― たとえば、こういう方法があります。
初禅、現実世界から 心を遠ざけて、煩悩、悩みからも離れ、好きな環境、例えば 南海の砂浜などに、
心を遊ばせる イメージをします。 ( 遠離、喜 )
ニ禅、次に、呼吸に意識を置き、何の考えも 想いも無い、心の安定 統一の安らぎを得ます。 ( 止 )
三禅、次に、全てを捨て去った仙人の境地になって、自我を離れ、現実を離れ、正しい観察力によって、
この現象世界を見て、平静な心で 安楽を得ます。 ( 捨、離 )
四禅、次に、安楽も 苦しみも捨てて、心の最も平静 清浄なる境地に到達します。 ( 非苦非楽、静 )
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四 禅 ー ( 1 )
中部経典 1 、第三十一経、 「 聖なる智見の証得 」
初禅、 望むかぎり、諸々の欲を離れ、不善の事柄を離れ、粗なる思考と微細な思考をまだ伴っているが
遠離 ( おんり ) によって生じた 喜楽のある 初禅を成就して住む。
ニ禅、 望むかぎり、粗なる思考、微細な思考が滅びる事によって、内心が清浄となり、
心が統一し、粗なる思考も微細な思考も無く心の安定によって生じた、第ニ禅を成就して住む。
三禅、 望むかぎり、喜びに染まらないがゆえに、平静 ( 捨 ) であり、正しい想いがあり、
正しい知があり、身体で安楽を感受し、聖者達が、 「 平静であり、注意力をそなえた者は、
安楽がある。 」、 と 説くところの、第三禅を成就して住む。
四禅、 望むかぎり、楽を捨て 苦しみを捨てて、もうすでに 喜びと憂いとを滅したので、
苦しみも無く 楽も無く、心の平静より生じた注意力が 最も清浄になっている、
第四禅を成就して住む。
これが、そこでの 安住を超える事により、そこでの安住を 止滅する事によって、人法を超えて証得した
さらに別の 最勝智見であり、安らかな住まいである。
―― 中部経典 より ――
( ブッダは 応病与薬、と言われるほどの 多くの瞑想法を説かれていますが、基本は 四禅、です。 )
―― たとえば、こういう方法があります。
初禅、現実世界から 心を遠ざけて、煩悩、悩みからも離れ、好きな環境、例えば 南海の砂浜などに、
心を遊ばせる イメージをします。 ( 遠離、喜 )
ニ禅、次に、呼吸に意識を置き、何の考えも 想いも無い、心の安定 統一の安らぎを得ます。 ( 止 )
三禅、次に、全てを捨て去った仙人の境地になって、自我を離れ、現実を離れ、正しい観察力によって、
この現象世界を見て、平静な心で 安楽を得ます。 ( 捨、離 )
四禅、次に、安楽も 苦しみも捨てて、心の最も平静 清浄なる境地に到達します。 ( 非苦非楽、静 )
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