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仏教 最初期
ブッダが 一人で悟りを求めて 修行をしていた時、いつものバラモン村へ乞食 ( こつじき ) に行くと、
その日は 年に一度の、( 男女が 日頃思いをよせている異性にプレゼントを贈る )、 という日だった。
年に一度の 告白のチャンス。 老いも若きも、妻帯者も独身者も、すでに心は浮き立っていて
無名の修行者など目にも入らず、その日ブッダは どこの家からも 追い払われたり 無視されたりして、
食べ物を何一つ もらえなかった。
仏典には、( からの鉢を持ったまま帰って来た )、 とある。 その日は何も食べられないのだった。
そこに悪魔が出て来て、( もう一度村に乞食に行くように ) と誘惑するが、 「 それは 戒律に反する。
私は今日、神々のように 喜びを食べて暮らそう。」、 と答えて 悪魔を追い払ったという。
又ある日、布施をしているバラモンが、「 又あの ゴータマとかいう沙門が来た。 しつこい奴だな。」
と思って、 「 道の人よ。 私は耕して種を播く。 耕して 種を播いたあとで食う。
あなたもまた耕せ、 また種を播け。 耕して種を播いたあとで食え。」、 と、ブッダに言った。
ブッダは、 「 バラモンよ。 わたくしも また耕して種を播く。 耕して 種を播いてから食う。」
と答えると バラモンは、 「 我らは あなたが耕作するのを見たことがない。 おたずねします。
―― あなたが耕作する という事を、我らが了解し得るように 話してください。」
ブッダは、「 私にとって信仰が種子である。 苦行が雨である。 智恵が我が くびきと鋤である。
慙愧が鋤棒である。 心が縛る縄である。 気を落ち着けることが 我が鋤先と突く棒である。
身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。
私は真実を守ることを草刈としている。 柔和が私にとっての 牛のくびきを離す事である。
努力が 我が牛であり、安穏の境地に運んでくれる。
退くこと無く進み、そこに至ったならば、憂えることがない。
この耕作は このようになされ、甘露の果実をもたらす。
この耕作を行なったならば、あらゆる苦悩から 解き放たれる。」
と説かれ、そのバラモンは ブッダに帰依したのだった。
ブッダは 悟りを開かれてから 四十五年間 布教の旅を続けられたので、やがて多くの信者ができて、
精舎 ( 寺 ) や、布 食べ物などの寄進が なされるようになった。
しかし 最初期のブッダと弟子たちの修行は、凄かったようである。
着るものも ゴミ捨て場や墓地 ( 死体捨て場 ) からボロ布を拾ってきて 縫い合わせて作っていた。
修行の瞑想は 各自、猛獣が出没するような 山の洞窟などに、一人で身をひそめて瞑想する。
性欲の強い弟子とか、肉体に執着のある弟子、又、自分の美貌に高慢のある弟子は 死体捨て場に
連れて行かれ、 「 あの身も この身の如く、この身も あの身の如く。」、 と言われる。
それでも悟れなければ、そこに一人で住まわせられる。 「 嫌です。 恐いです。」、 と言えば、
「 恐れるな。」、 と言われて 叱られるのだった。
又、高慢や 傲慢さの抜けない弟子は、 「 頭を剃った異様な姿で ボロ布を身にまとい、人々に罵られ
ながら 食を乞うて、道の端を歩け。」、 と言われている。
「 一つの道を 二人で行くな。」、 というのが修行の基本で、あくまで自分自身との戦いなのだった。
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仏教 最初期
ブッダが 一人で悟りを求めて 修行をしていた時、いつものバラモン村へ乞食 ( こつじき ) に行くと、
その日は 年に一度の、( 男女が 日頃思いをよせている異性にプレゼントを贈る )、 という日だった。
年に一度の 告白のチャンス。 老いも若きも、妻帯者も独身者も、すでに心は浮き立っていて
無名の修行者など目にも入らず、その日ブッダは どこの家からも 追い払われたり 無視されたりして、
食べ物を何一つ もらえなかった。
仏典には、( からの鉢を持ったまま帰って来た )、 とある。 その日は何も食べられないのだった。
そこに悪魔が出て来て、( もう一度村に乞食に行くように ) と誘惑するが、 「 それは 戒律に反する。
私は今日、神々のように 喜びを食べて暮らそう。」、 と答えて 悪魔を追い払ったという。
又ある日、布施をしているバラモンが、「 又あの ゴータマとかいう沙門が来た。 しつこい奴だな。」
と思って、 「 道の人よ。 私は耕して種を播く。 耕して 種を播いたあとで食う。
あなたもまた耕せ、 また種を播け。 耕して種を播いたあとで食え。」、 と、ブッダに言った。
ブッダは、 「 バラモンよ。 わたくしも また耕して種を播く。 耕して 種を播いてから食う。」
と答えると バラモンは、 「 我らは あなたが耕作するのを見たことがない。 おたずねします。
―― あなたが耕作する という事を、我らが了解し得るように 話してください。」
ブッダは、「 私にとって信仰が種子である。 苦行が雨である。 智恵が我が くびきと鋤である。
慙愧が鋤棒である。 心が縛る縄である。 気を落ち着けることが 我が鋤先と突く棒である。
身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。
私は真実を守ることを草刈としている。 柔和が私にとっての 牛のくびきを離す事である。
努力が 我が牛であり、安穏の境地に運んでくれる。
退くこと無く進み、そこに至ったならば、憂えることがない。
この耕作は このようになされ、甘露の果実をもたらす。
この耕作を行なったならば、あらゆる苦悩から 解き放たれる。」
と説かれ、そのバラモンは ブッダに帰依したのだった。
ブッダは 悟りを開かれてから 四十五年間 布教の旅を続けられたので、やがて多くの信者ができて、
精舎 ( 寺 ) や、布 食べ物などの寄進が なされるようになった。
しかし 最初期のブッダと弟子たちの修行は、凄かったようである。
着るものも ゴミ捨て場や墓地 ( 死体捨て場 ) からボロ布を拾ってきて 縫い合わせて作っていた。
修行の瞑想は 各自、猛獣が出没するような 山の洞窟などに、一人で身をひそめて瞑想する。
性欲の強い弟子とか、肉体に執着のある弟子、又、自分の美貌に高慢のある弟子は 死体捨て場に
連れて行かれ、 「 あの身も この身の如く、この身も あの身の如く。」、 と言われる。
それでも悟れなければ、そこに一人で住まわせられる。 「 嫌です。 恐いです。」、 と言えば、
「 恐れるな。」、 と言われて 叱られるのだった。
又、高慢や 傲慢さの抜けない弟子は、 「 頭を剃った異様な姿で ボロ布を身にまとい、人々に罵られ
ながら 食を乞うて、道の端を歩け。」、 と言われている。
「 一つの道を 二人で行くな。」、 というのが修行の基本で、あくまで自分自身との戦いなのだった。
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