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七歳で 盗賊たちを改心させた サンキッチャ
バラモン、というのは インド西北から侵攻して インドに国を作っていた白人たちの、司祭階級だった。
彼らは ヴェーダの聖典を信奉していて、今では ( アーユルヴェーダ ) の健康法が 有名になっている。
彼らは、「 我等は 皮膚の色が白いから、神の子孫である。 皆 母親の口から 生まれてきたのだ。」
と言っていて、自分たちの生まれを誇り、高慢であったという。
自分たち白人は 尊敬されるべきだ、と固く信じていたが、あるバラモンが シャーカ国に行ってみると、
白色人種の バラモンが来たというので、彼は シャーカ国の人々から 笑いものにされてしまった。
シャーカ国は米を栽培しているモンゴロイドで、黄金色の肌を誇り この人々も又 プライドが強かった。
又、マガダ地方では、どの国でも バラモン教の権威を信じている人など、誰一人 いなかったのである。
この尊大な白人のバラモンは、尊敬を期待して行ったのに 人々に馬鹿にされたので、ついに頭にきて、
「 そういえば、あの ゴータマ ( ブッダ ) とかいう思想家は シャーカ国の出身だった。」、 と思い、
ブッダの所にやって来て ブッダに向かって、「 この屈辱を どうしてくれる。」、 と言って怒ったが
逆にブッダに論破されて、その場で さんざん叱られてしまった。
「 バラモンよ、鳥は 自分たちの巣の中では、思うがままに振舞うものである。 バラモンよ、汝らは
自ら 尊敬されるべきだ、と説いているが、それは人々皆が そうであると認めている事なのか ? 」
「 そういう訳ではない ・・・ 」
「 バラモンよ、では聞くが、バラモン教と バラモンの生まれ ( 白色人種 ) が最高である、というのは
全ての人々が承認している事であるのか ? 」
「 そうではない ・・・ 」
「 それでは、自分たちだけが勝手に 我等は尊敬されるべきであると、言っているだけではないか。
まるで飢えた人に肉 ( 教え ) を与えて、食べ終わるのを見てから 肉の料金を求めるようなもので、
それでは、詐欺と同じである。」、 と、言われてしまったのだった。
ブッダは バラモン達をも教導していたので、心あるバラモン達は ブッダに教えを求めて集まって来た。
ある時、二人のバラモン出身の青年が ブッダに帰依して サンガに入った。
二人は ブッダが歩いているのを見て、( 何か 話しが聞けるかもしれない ) と思い、近づいていった。
ブッダは、「 君たちは 私に帰依した事で、親族から 何か非難されなかったか。」、 と聞かれると、
「 実は そうなのです。 親族たちは こう言って私たちを非難するのです。 『 我々は白人で
神の子の生まれであるのに、なぜお前たちは、あの ゴータマとかいう有色人種の 変な教えを信じるの
だ。』、 と、こう言って 私たちを非難するのです。」、 と訴えた。
ブッダは、 「 草木や 鳥や 動物たちは、それぞれ種類によって 生まれによる違いがある。
しかし 人間には、あらゆる部分についても 生まれによる違いはない。
人間で違うのは、ただ 名前のみである。
バラモンは 母親の口から生まれる と言っているが、腹から生まれるのだ。
君たちの母親にも 月経というものがあるだろう。」、 と、リアルな話をされている。
そして、 「 又 非難されるようなら、 『 私たちは、ブッダの子である。』、 と 言いなさい。」
と 告げられたという。
( サンキッチャ )
ある長者の娘が 出産直前に病気で亡くなってしまった。 人々は 彼女の遺骸を火葬にしたが、
腹部が焼け残っていたので、ある人が棒で そこを突いてみると、中で胎児が 生きているのがわかった。
胎児は 棒の先で目の横の顔に傷をつけられたが、元気そうであった。
この子供は、サンキッチャと名付けられて元気に育ったが、彼が七歳になった時、 遊び仲間の子供から
自分の生まれの秘密を知った。
彼は、「 そのような状態から救われたのだから、僕は出家して悟りを求めて 人々の為につくしたい。」
と考えて、ブッダの高弟、サーリプッタのもとに行き、出家させてほしいと嘆願した。
サーリプッタは サンキッチャの申し出を認め、自分の弟子として 彼の髪を落とした。
仏典には、「 髪を落としたその瞬間に、サンキッチャは 阿羅漢という最高の聖者の地位に到した。」、
と 書かれている。
その頃 三十人の修行僧たちが、危険な森の中に入って 禅定の実践をしたいと、ブッダに願い出ていた。
ブッダは、「 七歳の サンキッチャを連れて行くように。」、 と告げられたが、彼らは あんな子供は
足手まといになる、と思って断った。
しかし、ブッダは、 「 サンキッチャは、お前たちの修行の 妨げとならないばかりか、お前たちが、
彼の妨げとなるであろう。」、 と重ねて告げられたので、修行僧たちは やむを得ず サンキッチャを
修行場の森へと連れて行った。
彼らが森につくと、はたして 修行僧たちは 盗賊たちに見つけられてしまった。
盗賊たちは、「 一人の いけにえを 神にささげるから、一人の修行者を 差し出せ。」、 とせまった。
修行僧たちは一人残らず、「 それでは 私が犠牲となりましょう。」、 と申し出たが、サンキッチャが
「 長老様方、私が 盗賊のもとに参りたいと存じます。」、 と言い出した。
長老たちは、「 お前は、サーリプッタの 大事な弟子だ。 行かせるわけにはいかない。」、 と言って
ことわったが、サンキッチャは、 「 ブッダが 私に同行を お命じになったのは、このためです。」、
と答えて 盗賊たちについて行ったのだった。
盗賊たちの作った 祭壇に連れて行かれたサンキッチャは、祭壇に登って 座を組み、深い瞑想に入った。
盗賊の頭領は 刀を抜いて 彼に刀を振るったが、この時 刀は サンキッチャの体には当たらず、二度目は
岩に当たって 刀が折れたという。
盗賊の頭領は 震撼した。 そして、「 心もない刀が この少年僧の徳の高さを知っているというのに、
心を持つこの私が それを知らなかったとは ・・・ 」、 と言って、サンキッチャに許しを乞い、
「 私たちの姿を見ると 誰でも ふるえあがります。 それなのに 尊者は 晴れ晴れしい お顔をして
おられます。 一体どうしてなのですか ? 」、 と 聞いた。
サンキッチャは 盗賊たちに向かって、 「 欲望を離れた者には、もはや心に 苦しみはありません。
執着を除いた者は、すべての恐れを 乗り越えているのです。」、 と、自分の心境を語った。
この事件は、( 法句経註八 サハンハヴァッガ ) に記録され、盗賊たちは サンキッチャの語った言葉に
心をうたれて、その場で この七歳の少年僧の弟子になったという。
サンキッチャは後年、仏弟子の中でも 特に けがれのない修行生活を送った人、として人々に知られた。
盗賊たちに自分の心境を語った サンキッチャの言葉は、「 仏弟子の告白 」( テーラ ガーター ) に、
十一の詩句として 収録されている。
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七歳で 盗賊たちを改心させた サンキッチャ
バラモン、というのは インド西北から侵攻して インドに国を作っていた白人たちの、司祭階級だった。
彼らは ヴェーダの聖典を信奉していて、今では ( アーユルヴェーダ ) の健康法が 有名になっている。
彼らは、「 我等は 皮膚の色が白いから、神の子孫である。 皆 母親の口から 生まれてきたのだ。」
と言っていて、自分たちの生まれを誇り、高慢であったという。
自分たち白人は 尊敬されるべきだ、と固く信じていたが、あるバラモンが シャーカ国に行ってみると、
白色人種の バラモンが来たというので、彼は シャーカ国の人々から 笑いものにされてしまった。
シャーカ国は米を栽培しているモンゴロイドで、黄金色の肌を誇り この人々も又 プライドが強かった。
又、マガダ地方では、どの国でも バラモン教の権威を信じている人など、誰一人 いなかったのである。
この尊大な白人のバラモンは、尊敬を期待して行ったのに 人々に馬鹿にされたので、ついに頭にきて、
「 そういえば、あの ゴータマ ( ブッダ ) とかいう思想家は シャーカ国の出身だった。」、 と思い、
ブッダの所にやって来て ブッダに向かって、「 この屈辱を どうしてくれる。」、 と言って怒ったが
逆にブッダに論破されて、その場で さんざん叱られてしまった。
「 バラモンよ、鳥は 自分たちの巣の中では、思うがままに振舞うものである。 バラモンよ、汝らは
自ら 尊敬されるべきだ、と説いているが、それは人々皆が そうであると認めている事なのか ? 」
「 そういう訳ではない ・・・ 」
「 バラモンよ、では聞くが、バラモン教と バラモンの生まれ ( 白色人種 ) が最高である、というのは
全ての人々が承認している事であるのか ? 」
「 そうではない ・・・ 」
「 それでは、自分たちだけが勝手に 我等は尊敬されるべきであると、言っているだけではないか。
まるで飢えた人に肉 ( 教え ) を与えて、食べ終わるのを見てから 肉の料金を求めるようなもので、
それでは、詐欺と同じである。」、 と、言われてしまったのだった。
ブッダは バラモン達をも教導していたので、心あるバラモン達は ブッダに教えを求めて集まって来た。
ある時、二人のバラモン出身の青年が ブッダに帰依して サンガに入った。
二人は ブッダが歩いているのを見て、( 何か 話しが聞けるかもしれない ) と思い、近づいていった。
ブッダは、「 君たちは 私に帰依した事で、親族から 何か非難されなかったか。」、 と聞かれると、
「 実は そうなのです。 親族たちは こう言って私たちを非難するのです。 『 我々は白人で
神の子の生まれであるのに、なぜお前たちは、あの ゴータマとかいう有色人種の 変な教えを信じるの
だ。』、 と、こう言って 私たちを非難するのです。」、 と訴えた。
ブッダは、 「 草木や 鳥や 動物たちは、それぞれ種類によって 生まれによる違いがある。
しかし 人間には、あらゆる部分についても 生まれによる違いはない。
人間で違うのは、ただ 名前のみである。
バラモンは 母親の口から生まれる と言っているが、腹から生まれるのだ。
君たちの母親にも 月経というものがあるだろう。」、 と、リアルな話をされている。
そして、 「 又 非難されるようなら、 『 私たちは、ブッダの子である。』、 と 言いなさい。」
と 告げられたという。
( サンキッチャ )
ある長者の娘が 出産直前に病気で亡くなってしまった。 人々は 彼女の遺骸を火葬にしたが、
腹部が焼け残っていたので、ある人が棒で そこを突いてみると、中で胎児が 生きているのがわかった。
胎児は 棒の先で目の横の顔に傷をつけられたが、元気そうであった。
この子供は、サンキッチャと名付けられて元気に育ったが、彼が七歳になった時、 遊び仲間の子供から
自分の生まれの秘密を知った。
彼は、「 そのような状態から救われたのだから、僕は出家して悟りを求めて 人々の為につくしたい。」
と考えて、ブッダの高弟、サーリプッタのもとに行き、出家させてほしいと嘆願した。
サーリプッタは サンキッチャの申し出を認め、自分の弟子として 彼の髪を落とした。
仏典には、「 髪を落としたその瞬間に、サンキッチャは 阿羅漢という最高の聖者の地位に到した。」、
と 書かれている。
その頃 三十人の修行僧たちが、危険な森の中に入って 禅定の実践をしたいと、ブッダに願い出ていた。
ブッダは、「 七歳の サンキッチャを連れて行くように。」、 と告げられたが、彼らは あんな子供は
足手まといになる、と思って断った。
しかし、ブッダは、 「 サンキッチャは、お前たちの修行の 妨げとならないばかりか、お前たちが、
彼の妨げとなるであろう。」、 と重ねて告げられたので、修行僧たちは やむを得ず サンキッチャを
修行場の森へと連れて行った。
彼らが森につくと、はたして 修行僧たちは 盗賊たちに見つけられてしまった。
盗賊たちは、「 一人の いけにえを 神にささげるから、一人の修行者を 差し出せ。」、 とせまった。
修行僧たちは一人残らず、「 それでは 私が犠牲となりましょう。」、 と申し出たが、サンキッチャが
「 長老様方、私が 盗賊のもとに参りたいと存じます。」、 と言い出した。
長老たちは、「 お前は、サーリプッタの 大事な弟子だ。 行かせるわけにはいかない。」、 と言って
ことわったが、サンキッチャは、 「 ブッダが 私に同行を お命じになったのは、このためです。」、
と答えて 盗賊たちについて行ったのだった。
盗賊たちの作った 祭壇に連れて行かれたサンキッチャは、祭壇に登って 座を組み、深い瞑想に入った。
盗賊の頭領は 刀を抜いて 彼に刀を振るったが、この時 刀は サンキッチャの体には当たらず、二度目は
岩に当たって 刀が折れたという。
盗賊の頭領は 震撼した。 そして、「 心もない刀が この少年僧の徳の高さを知っているというのに、
心を持つこの私が それを知らなかったとは ・・・ 」、 と言って、サンキッチャに許しを乞い、
「 私たちの姿を見ると 誰でも ふるえあがります。 それなのに 尊者は 晴れ晴れしい お顔をして
おられます。 一体どうしてなのですか ? 」、 と 聞いた。
サンキッチャは 盗賊たちに向かって、 「 欲望を離れた者には、もはや心に 苦しみはありません。
執着を除いた者は、すべての恐れを 乗り越えているのです。」、 と、自分の心境を語った。
この事件は、( 法句経註八 サハンハヴァッガ ) に記録され、盗賊たちは サンキッチャの語った言葉に
心をうたれて、その場で この七歳の少年僧の弟子になったという。
サンキッチャは後年、仏弟子の中でも 特に けがれのない修行生活を送った人、として人々に知られた。
盗賊たちに自分の心境を語った サンキッチャの言葉は、「 仏弟子の告白 」( テーラ ガーター ) に、
十一の詩句として 収録されている。
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