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                            パターチャーラー




パターチャーラー という名の女性がいた。  コーサラ国の都 サーヴァッティーの長者の娘だった。


この女性は やがてブッダの弟子になり、 修行を完成して悟りを得たあと、多くの尼僧を指導して、

初期のサンガにおいて 重要な役割を果たしている。


パターチャーラーに指導された尼僧たちの多くは 修業を完成して、パターチャーラーから説かれた

教えを 一生忘れず ( テーリーガーター )、 の中に、その言葉を 語り伝えている。


彼女と その弟子 ( 尼僧 ) は 特に慈愛の心が厚く、困窮している女性を見るたびに サンガに入れて

常に人々を救っていた。

パターチャーラーは、自分には厳しかったが、弟子の女性修行者たちや 信者には、とてもやさしかった

と言われている。



パターチャーラーは 商家に生まれ、大切に育てられたが、彼女の両親は 娘が年頃になったので

同じ身分の家に嫁にやろうとして、その準備にかかった。

しかし、パターチャーラーは すでに召使の若い男と 恋仲になっていたので、身のまわりの品物だけを

持って、ある夜 二人で家を逃げ出した。

二人は 町から遠い村に行って 貧しいながらも 愛の巣を作っていた。


やがて彼女は妊娠し、「 実家に帰って お産をしたい。」、 と夫に言ったが、男は 甲斐性なしだった

ので、一日延ばしにしているうちに、子供が生まれてしまった。

二度目に妊娠した時も同じで、いくら頼んでも 夫が一緒に行ってくれないので、パターチャーラーは

上の子を連れて 実家に向けて出掛けた。


夫はそれに気づいて あとを追った。 

途中でお産が始まった時、嵐がきた。    その中で 彼女は二人目の子供を産んだ。  

夫は 急いで小屋を作るために 雨を避ける材料を探しに ジャングルに入って行き、コブラに噛まれて

死んでしまった。   パターチャーラーは 恐がって泣く子供を守って一夜を過し、夫を探しに行くと、

夫が 蟻塚のそばで 死んでいるのを発見した。

「 私たちのために 夫は死んでしまった。」、 と思って 彼女は泣き悲しんだ。


夫を埋葬したあと、彼女は しかたなく実家に帰る事にし、生まれたばかりの子供を背中にくくりつけ、

上の子の手を引いて歩き出した。

アチラヴァティー という川があり、水量を増していたので 二人の子供といっしょに渡る事は とても

できそうにもなかった。

そこで彼女は 背中の子を、岸に残し、上の子を抱いて渡り、 向こう岸に子を置いてから 赤ん坊の方に

もどろうとして 川の中ほどまで来た時、一羽のタカが飛んで来て 赤ん坊をつかんで さらって行こうと

した。     彼女は大声をあげ、手を振って タカをおどしたが無駄であった。

ところが、向こう岸にいた上の子は 母が自分を呼んでいるものと思って 川に入り、

急流に のまれてしまった。


こうして、夫と 二児を失った パターチャーラーは、ひとり実家に帰ろうとして、サーヴァッティーの

近くで 町からやって来る男と出会い、実家の父母の消息をたずねると、父母も兄弟も、前夜の暴風で

倒れた家の下敷きとなって 死んだ、との事であった。


「 今、死体を集めて 火葬にしているところです。 あそこに見える煙が それです。」、 と言う男の

声をを聞くと、彼女は気が転倒してしまい、着物が 体から落ちるのも気づかず、裸のままで ふらふらと

町の中を歩きまわった。    

人々は 裸で歩き廻る彼女に、ごみや くずを投げつけた。


裸まのままで、彼女は、 「 二人の息子も 死んでしまった。  夫も死んだ。  両親も 兄弟も

 灰になった。」、 と、大声で泣きながら さまよっているうちに、いつか祇園精舎の近くに来た。

祇園精舎の 静かな木陰で説法していた ブッダの方に、彼女の足は 自然に向かった。

人々は この気の転倒した女を 押しとどめようとしたが、ブッダはそれを制して彼女をそばに呼び寄せ、

「 妹よ。 気を確かにもちなさい。」、 と声をかけて 慈愛に満ちたまなざしで、パターチャーラーの

目を 見つめられたという。

その瞬間、パターチャーラーは 正気を取りもどした。

彼女は 自分が裸でいる事に気がつき、恥ずかしさのあまり その場にうずくまると、一人の男性の信者が

彼女に上着を投げてくれた。


彼女は それを急いで身につけ、ブッダに礼拝して、身の上におこった 不幸の数々を告白した。

その場にいた人々は それを聞いて 一人残らず泣いたという。

彼女の言う話を よく聞いたあと、ブッダは語った。

「 パターチャーラーよ。 それは、つらかっただろうね。 遠い昔から、子を失った親が流した涙は、

 海の水よりも多いのですよ。   あなたは、このサンガに入りなさい。 

 これからは、私が あなたの拠り所となりましょう。」


この言葉を聞くと 彼女の悲しみは次第に薄らぎ、 ブッダから、 「 無常の世界にあっては、子供も

 父母も、 真の拠り所とはなりません。 涅槃の世界だけが真実です。」、 という説法を聞いて、

しだいに ゆらぐ事のない信念を 持つようになっていったのだった。


パターチャーラーは出家し、マハーパジャパティー尼のもとで 修業を積み、聖者の位にのぼった。

そして 数多くの尼僧に敬愛されて、励まし、教え、やさしく指導していたという。

しかし、彼女の厳格な修行ぶりは有名で、ブッダから、

「 戒律を保っている者の内で 第一の者は、パターチャーラーである。」、 と 賞賛されている。



テーリーガーターに残る、 パターチャーラーの詩句は、美しく、女性的な感性の言葉が多い。



 「 わたしは、両足を洗って、その水の中に映った 自分の姿を見ました。

  そうして、足を洗った水が 高い所から 低い所に流れるのを見て、 その時、私は、生まれの良い

  駿馬を御するように、心を安定させました。」



 「 それから、私は、灯火を手にとって、私の庵室に入りました。   私は、臥す所を見渡して、

  臥床に近づきました。」



 「 それから、私は 針を手にとって、灯心を引き下げました。   燈火が消え失せる如くに、

  心の解脱が起こりました。」
                                     ( パターチャーラー )




ある学者は、 「 彼女が最初に流した水は 少し流れて消え、 次に流した水は それより先で消え、

 最後に流した水は、ずっと流れて行ったが、やはり消えてしまうのを見て、彼女は人生の 無常である

 事を 悟ったのではないだろうか。」、 と書いている。



日本では、『 ブッダの真理の言葉・感興の言葉 』、 岩波文庫ワイド版、として出版されている処の、

『 ダンマパダ ー ( 法句経 ) ー ほっくきょう 』、 は、古来より現代に至るまで、仏教徒の聖典と

して 今でも世界中で 広く読まれている。

アメリカ人の愛読書の一番は、どこの州で聖書だという。  

持っていない人は あまりいないらしい。  


しかし日本は 仏教国と言われながら、この仏教徒の 真の聖典を読んでいる人は少なく、大きな書店でも

売れないのか、置いていない所がある。

この事態は、葬式仏教とか 観光仏教と、マスコミからまで批判されている、現在の日本仏教界の怠慢が

主な原因である事は、すでに内外の識者によって 昔から指摘されている。


中国がチベット仏教に行なってきた 長年の暴虐に対しても、国際的に中国に対する非難が集中する中、

彼ら ( 日本仏教界 ) は 声明一つ出さず、狸寝入りを決め込んで 識者や国民から笑い者になっている。

ちなみに、You Tube の動画を開いてみれば、( 座禅 ) を日本語で指導していたのは、アメリカ人の青年

ただ一人であった。


 宗教は 生きている人々の宗教である。



原始仏典に残る ブッダと その弟子たちの詩句が、現代の私たちに伝えて来るのは 何だろうか。


 
ブッダ、墨子、ソクラテス、老子、等の人々が、説き、実践していた思想 ( 真理 ) は、実際に面白い。

現代的で、あいまいな所がなく、人と社会の役に立つ 指針と道とが わかりやすく 極めてはっきりと

説かれているからである。    

これを仏教では、利益 ( りやく ) 言う。  

お金の利益の事ではなく、人生と社会の利益になる教え、という意味がある。