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色々な 仏弟子たち
( お経 ー 教 ) と言うのは ( スッタ ) と言って、「 ブッダの 教え 」、の事だが、日本仏教の
各宗派の聖典の中には、 ブッダの言葉は あまり無い。
日本では お経は 死者を弔う儀式か 呪術と思われているらしく、葬式に来た僧侶は、 「 ナムカラ
タンノートラヤーヤー ・・・」、 などと 延々と唱えているが、あれは 古代インドの方言であった
パーリ語を、二千年ほど前に 中国の僧侶たちが 漢語に音訳したものである。
大昔のインド人が聞いても わからない。
ブッダは 呪術や迷信を 全て否定して 禁止した。
「 彼らは前をも、今をも、又、後ろをも 見ていない。」、 と 語っている。
日本以外の国の 仏教徒の聖典は、原始仏典 だけである。
原始仏典 ( 根本仏典 ) を読んでいると、仏教のイメージが 変わる事が多い。
出家修行者の方が 在俗信者より優れている などと 考えていないし、何よりも 楽しそうなのである。
まじめな弟子たちが 必死の修行をする話も多いが、ブッダは、 「 楽器の弦は 強く張りすぎても、
ゆるく張っても 良い音は出ない。 修行も そのようにするものです。」、 といましめられている。
「 己が 楽しみを求める者は、己が苦しみの矢を 抜くべし。」、 という言葉も多い。
ある人が、ブッダに、「 ここにいる修行者は皆、楽しそうですが、なぜでしょう ? 」、 と聞くと
「 彼らは 過去を思い出して悲しむ事もないし、未来を思って 心配する事もない。
ただ 今だけの事で 暮らしています。 だから楽しいのです。」、 と答えられている。
仏教といえば、「 煩悩を 捨てよ。」、という言葉を思い出す人が多いようで、煩悩とは 性欲の事だと
思われているが、 「 苦しみを 捨てよ 」、 と言う意味である。
煩悩とは 、 「 わずらわしい 諸々の悩み 苦しみ。」、 の事を言う。
その中の一つが 貪欲 であり、貪欲 の中の一つに性欲がある。
人々や、バラモンたち ( 他の宗教家 ) に対して、 「 性欲を捨てなさい。」、 などとは語られて
いない。
ブッダの言葉に、 「 人は サイの 角 ( つの ) のように、ただ一人で 歩むものである。
何ものかに 従属しては ならない。」
「 人は 蛇が脱皮するように、過去の自分を捨てて、成長していくものである。」
という 教えがある。
「 唯我 独尊 」、 という言葉は、ブッダが、 「 自分が世界で一番偉い。」、 と言った、という
意味ではなく、ブッダが 人々全てに説いた教えであり、迷信を捨てさせて 人を悟らせ 精神的に
独立させようとしたのだった。
「 人は誰でも、自己こそ 自己の あるじである。 他人がどうして 自分のあるじであろうか。
自己を善く調えたならば 得がたき あるじを得る。」
「 自分と他人を 比べてはならない。 『 優れている 』、とか 『 劣っている 』、とか、
あるいは、『 等しい 』、とか 考えてはならない。 」
「 誰でも 自己を拠り所とし、真理を 拠り所として、他のものを 拠り所としてはならない。」
「 良い事をして、悪い事をせず、自ら 自分の心を清める事。 これが 全ての聖者の教えである。」、
と 語られている。
( スバー )
スバーは、鍛冶工という当時の、武器や、農具や、装身具を 金属で作っていた 先端技術者の家の娘で、
交易もしていたらしく、使用人や 土地も たくさんあるという裕福な家庭で育った。
しかし、当時の 不当な階級差別の社会では、パーリア ( 不可触民 ) という 奴隷階級の人々以下の
苛酷な差別を受けていた。
彼女は 目が綺麗で ( ひときわ美しい ) と テーリーガーターには書いてあるが、
激しい性格で、 何でも言い出したら 人の言う事など 聞かなかったようである。
ある時 スバーは、ブッダの説法を聞いて感動した事があったらしく、家族に 出家すると言い出した。
両親は 自分たちだけでは 説得できないと思ったので、親族一同を集めて スバーに出家を
思いとどまらせようとした。
しかし スバーは、集まった親族達に向かって、ブッダから聞いて覚えた言葉を 演説し始めた。
「 親族たちよ。 どうして あなたがたは、まるで敵のように、この私を 諸々の欲望に
耽らせようと するのですか ?
およそ、天界のものでも、人間界のものでも、 諸々の欲望を 偉大な仙人たちは 捨て去った。
かれらは 安穏の境地において解脱している。 かれらは不動の安楽に 到達している。」
そして、 「 真理の教えに 安住している、 この鍛冶工の娘、 スバーを見よ ! 」
と 獅子吼 ( ししく ) した。 親族たちは あきらめた。
スバーは 出家した後、サンガの生活や、ブッダと話したり、瞑想する事が 楽しく、
ウッパラヴァンナー に 指導されて 毎日修行に励んだり、外を歩き回ったりしていたという。
ところが ある日のこと、「 尼僧の告白 」、 には こういう書き出しで、 ある事件が語られている。
「 名医ジーヴァカの 楽しいマンゴー林に向かって歩いて行く尼僧スバーを、一人の悪者がさえぎった。
スバー尼は、かれに対して言った。
『 あなたは、わたしの行く道をさえぎって 立っていますが、わたしは あなたに何か過ったことを
したのでしょうか ? 友よ、男子が 尼僧に触れることは、よろしくありません。 』
男は、『 あなたは、若くて美しい。 あなたは 出家したとて何になるのです ?
さあ、黄衣を投げ捨てなさい。 花咲く林の中で 一緒に遊びましょう。
あなたは 黄金で作られた人形のように、また 天女のように歩き回っておられる。
たぐいなき美女よ。 カーシー産の 美麗な衣服を着たならば、あなたは美しく 映えて見えます。
妖精キンナリーよ。 あなたは 男に触れられない内に、老いてしまうでしょう。』、」
スバーは断るが 男はあきらめない。 この場合 ( 遊ぶ )、 は、( SEX ) の事である。
スバーは怒って 男に説教するが、男はあきらめずに さらに口説いた。
スバーは、 「 世には まだ真理を洞察せず、あるいは、師に仕えたことのない女がいますが、
あなたはそのような女を 誘惑なさい。
あなたは 茫然自失して 私を見つめておられるが、壊滅する性質のものである この身体のうちで、
何をあなたは 本質と認めるのですか ?
あなたは 私を誘惑しようとするならば 悩むことになりましょう。」
と言うと 男はさらに、「 あなたの目は、山の中の雌鹿、まるで 妖精の目のようです。
あなたの目を見たので、わたしの 愛欲を楽しみたい という気持ちは、ますます つのりました。」、
と言う。
ついに スバーは、 短刀を抜いた。
テーリーガーターには、「 みめうるわしく、心に執著のないスバー尼は、『 さあ、この目をあなたの
ために、持ち去ってください。』、 と言った。」、 とある。
短刀で 目を 切ろうとしたので、 男は驚いて、「 もう、こんな事は いたしません。」、 と謝罪して
逃げて行った。
スバーは、その男から逃れて、ブッダのもとに帰ったという。
このように 道心によって出家した弟子たちもいたが、スジャータ という娘などは、侍女たちと
弁当を持って 森の中で遊んだ帰りに、何となく 精舎に立ち寄り、そこで ブッダと話をして 喜び、
やがて出家している。
( ヤサ )
当時のインドには 「 快楽を追及するのも 人生の重要な目的である。」 という
伝統的 快楽主義があった。
今でも、「 カーマ スートラ 」、 という 性愛の教科書が残っている。
ヤサ という名前の 大商人の一人息子がいた。
彼は 一年中毎晩、侍女たちとの性愛に付き合わされていたので、つくづく嫌になっていたらしい。
ついに ある晩、ヤサは 父親にたのんで、もう やめさせてもらおうと思い、父親の部屋に行って
ドアを開けた。
ところが その部屋の中も、同じありさまだった。
父親も、酒と女たちとの、いつもの乱痴気騒ぎを やっていたという。
その夜、ヤサは そのまま 一人で家を逃げ出した。
「 誰か 助けてくれ。」、 と言って 泣きながら、あてもなく 夜の街を歩き続けたのだった。
川の側まで 来たところ、河岸にブッダが座っていて、「 ヤサよ、来なさい。」、 と話しかけられた。
ヤサは、「 この沙門は 初めて会ったのに、私の名前を呼んだ。」、 と思い、ブッダの話しを聞いた。
ところがその頃、ヤサの邸宅では、「 息子がいない ! 」、 と 大騒ぎになっていた。
家中の者が外へ出て 探しまわった。
父親は、川にいた ブッダを見て 礼拝し、「 息子を 見ませんでしたか ? 」、 と聞くと、
「 会わせてあげるから 私の話を聞きなさい。」、 とブッダに言われたという。
父親は、「 沙門は 嘘をつかないだろう。」、 と思って教えを聞いて、その場で 初めての在俗
信者になった。
そこで、ブッダが、「 ヤサよ、来なさい。」、 と言われると 隠れていた ヤサは出てきた。
父親は 仰天して、「 お前は 何でこんな所にいるのだ ! 家では お前の母親が 気が狂ったように
泣いているではないか。 すぐに家に帰れ ! 」、 と 怒ったが、
ヤサは、「 私は この人に ついて行きます。」、 と言って出家した。
修行者ではなく、一般市民からでは ヤサが 最初の弟子になったという。
ヤサが 出家した事を知った ヤサの友人たちも、ブッダのもとで 出家したと言われている。
ある国の将軍だった男がブッダに帰依して出家した。
彼はいつも、「 楽しい 楽しい。」、 と言って、瞑想中も 嬉しそうな顔をしていたという。
ある時 人々から、「 あの修行者は、昔の女の事でも 思っているのではないだろうか ? 」、
と疑われたが、彼はこう語った、「 私は以前には、いつも部下の 警護の兵士たちをつけていたのだが、
安心して眠れた夜は 一日もなかった。 しかし今では 平安を楽しんでいるのだ。」、 と。
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色々な 仏弟子たち
( お経 ー 教 ) と言うのは ( スッタ ) と言って、「 ブッダの 教え 」、の事だが、日本仏教の
各宗派の聖典の中には、 ブッダの言葉は あまり無い。
日本では お経は 死者を弔う儀式か 呪術と思われているらしく、葬式に来た僧侶は、 「 ナムカラ
タンノートラヤーヤー ・・・」、 などと 延々と唱えているが、あれは 古代インドの方言であった
パーリ語を、二千年ほど前に 中国の僧侶たちが 漢語に音訳したものである。
大昔のインド人が聞いても わからない。
ブッダは 呪術や迷信を 全て否定して 禁止した。
「 彼らは前をも、今をも、又、後ろをも 見ていない。」、 と 語っている。
日本以外の国の 仏教徒の聖典は、原始仏典 だけである。
原始仏典 ( 根本仏典 ) を読んでいると、仏教のイメージが 変わる事が多い。
出家修行者の方が 在俗信者より優れている などと 考えていないし、何よりも 楽しそうなのである。
まじめな弟子たちが 必死の修行をする話も多いが、ブッダは、 「 楽器の弦は 強く張りすぎても、
ゆるく張っても 良い音は出ない。 修行も そのようにするものです。」、 といましめられている。
「 己が 楽しみを求める者は、己が苦しみの矢を 抜くべし。」、 という言葉も多い。
ある人が、ブッダに、「 ここにいる修行者は皆、楽しそうですが、なぜでしょう ? 」、 と聞くと
「 彼らは 過去を思い出して悲しむ事もないし、未来を思って 心配する事もない。
ただ 今だけの事で 暮らしています。 だから楽しいのです。」、 と答えられている。
仏教といえば、「 煩悩を 捨てよ。」、という言葉を思い出す人が多いようで、煩悩とは 性欲の事だと
思われているが、 「 苦しみを 捨てよ 」、 と言う意味である。
煩悩とは 、 「 わずらわしい 諸々の悩み 苦しみ。」、 の事を言う。
その中の一つが 貪欲 であり、貪欲 の中の一つに性欲がある。
人々や、バラモンたち ( 他の宗教家 ) に対して、 「 性欲を捨てなさい。」、 などとは語られて
いない。
ブッダの言葉に、 「 人は サイの 角 ( つの ) のように、ただ一人で 歩むものである。
何ものかに 従属しては ならない。」
「 人は 蛇が脱皮するように、過去の自分を捨てて、成長していくものである。」
という 教えがある。
「 唯我 独尊 」、 という言葉は、ブッダが、 「 自分が世界で一番偉い。」、 と言った、という
意味ではなく、ブッダが 人々全てに説いた教えであり、迷信を捨てさせて 人を悟らせ 精神的に
独立させようとしたのだった。
「 人は誰でも、自己こそ 自己の あるじである。 他人がどうして 自分のあるじであろうか。
自己を善く調えたならば 得がたき あるじを得る。」
「 自分と他人を 比べてはならない。 『 優れている 』、とか 『 劣っている 』、とか、
あるいは、『 等しい 』、とか 考えてはならない。 」
「 誰でも 自己を拠り所とし、真理を 拠り所として、他のものを 拠り所としてはならない。」
「 良い事をして、悪い事をせず、自ら 自分の心を清める事。 これが 全ての聖者の教えである。」、
と 語られている。
( スバー )
スバーは、鍛冶工という当時の、武器や、農具や、装身具を 金属で作っていた 先端技術者の家の娘で、
交易もしていたらしく、使用人や 土地も たくさんあるという裕福な家庭で育った。
しかし、当時の 不当な階級差別の社会では、パーリア ( 不可触民 ) という 奴隷階級の人々以下の
苛酷な差別を受けていた。
彼女は 目が綺麗で ( ひときわ美しい ) と テーリーガーターには書いてあるが、
激しい性格で、 何でも言い出したら 人の言う事など 聞かなかったようである。
ある時 スバーは、ブッダの説法を聞いて感動した事があったらしく、家族に 出家すると言い出した。
両親は 自分たちだけでは 説得できないと思ったので、親族一同を集めて スバーに出家を
思いとどまらせようとした。
しかし スバーは、集まった親族達に向かって、ブッダから聞いて覚えた言葉を 演説し始めた。
「 親族たちよ。 どうして あなたがたは、まるで敵のように、この私を 諸々の欲望に
耽らせようと するのですか ?
およそ、天界のものでも、人間界のものでも、 諸々の欲望を 偉大な仙人たちは 捨て去った。
かれらは 安穏の境地において解脱している。 かれらは不動の安楽に 到達している。」
そして、 「 真理の教えに 安住している、 この鍛冶工の娘、 スバーを見よ ! 」
と 獅子吼 ( ししく ) した。 親族たちは あきらめた。
スバーは 出家した後、サンガの生活や、ブッダと話したり、瞑想する事が 楽しく、
ウッパラヴァンナー に 指導されて 毎日修行に励んだり、外を歩き回ったりしていたという。
ところが ある日のこと、「 尼僧の告白 」、 には こういう書き出しで、 ある事件が語られている。
「 名医ジーヴァカの 楽しいマンゴー林に向かって歩いて行く尼僧スバーを、一人の悪者がさえぎった。
スバー尼は、かれに対して言った。
『 あなたは、わたしの行く道をさえぎって 立っていますが、わたしは あなたに何か過ったことを
したのでしょうか ? 友よ、男子が 尼僧に触れることは、よろしくありません。 』
男は、『 あなたは、若くて美しい。 あなたは 出家したとて何になるのです ?
さあ、黄衣を投げ捨てなさい。 花咲く林の中で 一緒に遊びましょう。
あなたは 黄金で作られた人形のように、また 天女のように歩き回っておられる。
たぐいなき美女よ。 カーシー産の 美麗な衣服を着たならば、あなたは美しく 映えて見えます。
妖精キンナリーよ。 あなたは 男に触れられない内に、老いてしまうでしょう。』、」
スバーは断るが 男はあきらめない。 この場合 ( 遊ぶ )、 は、( SEX ) の事である。
スバーは怒って 男に説教するが、男はあきらめずに さらに口説いた。
スバーは、 「 世には まだ真理を洞察せず、あるいは、師に仕えたことのない女がいますが、
あなたはそのような女を 誘惑なさい。
あなたは 茫然自失して 私を見つめておられるが、壊滅する性質のものである この身体のうちで、
何をあなたは 本質と認めるのですか ?
あなたは 私を誘惑しようとするならば 悩むことになりましょう。」
と言うと 男はさらに、「 あなたの目は、山の中の雌鹿、まるで 妖精の目のようです。
あなたの目を見たので、わたしの 愛欲を楽しみたい という気持ちは、ますます つのりました。」、
と言う。
ついに スバーは、 短刀を抜いた。
テーリーガーターには、「 みめうるわしく、心に執著のないスバー尼は、『 さあ、この目をあなたの
ために、持ち去ってください。』、 と言った。」、 とある。
短刀で 目を 切ろうとしたので、 男は驚いて、「 もう、こんな事は いたしません。」、 と謝罪して
逃げて行った。
スバーは、その男から逃れて、ブッダのもとに帰ったという。
このように 道心によって出家した弟子たちもいたが、スジャータ という娘などは、侍女たちと
弁当を持って 森の中で遊んだ帰りに、何となく 精舎に立ち寄り、そこで ブッダと話をして 喜び、
やがて出家している。
( ヤサ )
当時のインドには 「 快楽を追及するのも 人生の重要な目的である。」 という
伝統的 快楽主義があった。
今でも、「 カーマ スートラ 」、 という 性愛の教科書が残っている。
ヤサ という名前の 大商人の一人息子がいた。
彼は 一年中毎晩、侍女たちとの性愛に付き合わされていたので、つくづく嫌になっていたらしい。
ついに ある晩、ヤサは 父親にたのんで、もう やめさせてもらおうと思い、父親の部屋に行って
ドアを開けた。
ところが その部屋の中も、同じありさまだった。
父親も、酒と女たちとの、いつもの乱痴気騒ぎを やっていたという。
その夜、ヤサは そのまま 一人で家を逃げ出した。
「 誰か 助けてくれ。」、 と言って 泣きながら、あてもなく 夜の街を歩き続けたのだった。
川の側まで 来たところ、河岸にブッダが座っていて、「 ヤサよ、来なさい。」、 と話しかけられた。
ヤサは、「 この沙門は 初めて会ったのに、私の名前を呼んだ。」、 と思い、ブッダの話しを聞いた。
ところがその頃、ヤサの邸宅では、「 息子がいない ! 」、 と 大騒ぎになっていた。
家中の者が外へ出て 探しまわった。
父親は、川にいた ブッダを見て 礼拝し、「 息子を 見ませんでしたか ? 」、 と聞くと、
「 会わせてあげるから 私の話を聞きなさい。」、 とブッダに言われたという。
父親は、「 沙門は 嘘をつかないだろう。」、 と思って教えを聞いて、その場で 初めての在俗
信者になった。
そこで、ブッダが、「 ヤサよ、来なさい。」、 と言われると 隠れていた ヤサは出てきた。
父親は 仰天して、「 お前は 何でこんな所にいるのだ ! 家では お前の母親が 気が狂ったように
泣いているではないか。 すぐに家に帰れ ! 」、 と 怒ったが、
ヤサは、「 私は この人に ついて行きます。」、 と言って出家した。
修行者ではなく、一般市民からでは ヤサが 最初の弟子になったという。
ヤサが 出家した事を知った ヤサの友人たちも、ブッダのもとで 出家したと言われている。
ある国の将軍だった男がブッダに帰依して出家した。
彼はいつも、「 楽しい 楽しい。」、 と言って、瞑想中も 嬉しそうな顔をしていたという。
ある時 人々から、「 あの修行者は、昔の女の事でも 思っているのではないだろうか ? 」、
と疑われたが、彼はこう語った、「 私は以前には、いつも部下の 警護の兵士たちをつけていたのだが、
安心して眠れた夜は 一日もなかった。 しかし今では 平安を楽しんでいるのだ。」、 と。
・