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アトゥーラ
ブッダのサンガが、ある村の林に滞在していた時、アトゥーラ という名前の 気の短い 信者の男性が
村人たちを連れて教えを聞こうと 楽しみにしてやって来た。
そこで、レーヴァタ という弟子に 話しを聞いたが、彼は瞑想好きの修行者であり 説法は苦手だったの
で、あまり話さなかった。 ついに、アトゥーラは、「 何にも 教えてくれないではないか ! 」
と言って怒った。
レーヴァタは、智恵第一の サーリプッタの所へ行くように頼んだ。
サーリプッタは、くわしく教えを説き、質問にも答えたが、話し方が難解だったのか、何にもわからなか
った。 「 何にも 分らないではないか ! 」、 と言って アトゥーラは 又怒った。
サーリプッタは、アーナンダなら、いつもブッダの近くで ブッダが信者たちに説法しているのを 聞いて
いるので、彼なら良いかもしれないと考え、アーナンダの所へ アトゥーラたちを つれて行った。
アーナンダは、彼らに わかりやすく 教えを話したが、難しい事は 答えなかったらしい。
アトゥーラは、「 ちょっとしか、教えてくれないではないか ! 」、 と言って 又怒った。
困ったアーナンダは、ブッダの所へ、アトゥーラたちをつれて行った。
怒り、貪り ( 過度の欲望 ) 、無智 ( 利己主義 ) という、仏教で言う所の 三毒の持ち主とも言うべき
アトゥーラではあったが、ブッダは やさしく話しかけたという。
「 アトゥーラよ。 これは 昔にも言う事であり、今に始まった事でもない。
沈黙する者も 非難され、多く語る者も 非難され、少しく語る者も 非難される。
世に非難されない者はいない。
しかし、ある修行者が 身を修めて 正しく修行しているとして、智恵をもって その修行者を信頼し、
その言葉を聞く人がいるなれば、その人を 誰が非難できるであろうか。
その人も、修行者も、共に光り輝くであろう。」、 と、語られた。
ブッダの高弟である サーリプッタの言葉に、「 もしも私が、正しく識知し、正しく身を修めて 生きて
いるのなら、そもそも、誰によって、この世に何があるというのか。」、 という、衝撃的とも思える
言葉がある。
今から 約二千五百年前の時代は、人類史上において、重要な論議がなされた 不思議な時代であると
言われている。
ギリシャ では、ソクラテスや プラトンたちの哲人が輩出し、都市国家において 人々は、善と徳、又、
正義を 実践するべきであるという論議を説き続けたが、愚民政治によって ソクラテスは死刑にされ、
プラトンも何度かの危機を迎えた。
中国においては、諸子百家と言われるように、孔子や 墨子 ( ぼくし ) たち思想家が活躍した。
墨子は非戦を唱えたが、どこの国王からも無視されたので 実力行使に出た。
攻撃される国の都城に、墨子一門の弟子たちと共に立てこもって 侵略軍を 常に撃破するという、
歴史にも異例の業績を残した。
インドにおいても 他の都市と同じく 戦国時代であったが、ブッダは 政治による統治に見切りをつけ、
自ら悟りを開いて、弟子たちを育成すると共に 悟りによる教えを実践した。
そして、その教えを全ての人々に伝道し続けて、史上最初の世界宗教を開いたのだった。
キリストの教義の母胎を説いたユダヤ教の聖者も、二千五百年前頃に 現れたと言われている。
イエスが活動していた国家地域は 当時の 文明国家の中では、最も野蛮な地方であったせいもあって、
イエスは わずか三年で、無実の罪をきせられ 聖者を恐れる国王に処刑された。
ブッダは、国王は人々から財産をゆすり取るから、「 国王 ( 権力者 ) と、盗賊は同じものである。」
と説いていたのだったが、ブッダの威光で当時 全ての国王はブッダに帰依していた。
二千五百年前の時代は、都市と共に 人間の精神文化と 文明が発展し始めた時代であり、
「 人間とは 何か 」、とか、「 人間社会は どのようなものであるべきか 」 という 根源的な議論と
思索とがあった時代だったらしい。
その時代に活躍して歴史に埋没した 無名の聖者たちも たくさんいた事が仏典にも記録されている。
平和と平等、博愛、正義や人格の向上に向けての道を訴える 真人たちと 世間との、伝道と拮抗の時代
であったとも言われている。
彼ら聖者たちの多くは、「 我々は 神の言葉に従っているのだ。」、 と宣言していて、常に処刑される
危険すら 恐れていなかった。
彼ら聖者たちの説き示した道に、世界はどれほど進んだのだろうか。
老子や、昔の聖人たちの共通したメッセージの一つに、「 自然に帰れ。」、 又は、
「 社会は協同し、平等であり、自然の摂理に従って生きるべきである。」、 という思想がある。
この点では、人間よりも、自然に生きる鳥や動物の方が賢明に見える事がある。
彼らは、野良猫に至るまで、死期を悟った時には、どこに行くのか、死体を さらす事がない。
象の墓場を見つけたら、たくさんの象牙が取れると思って、人間たちが数百年間探し続けているが、
象の墓場は未だに見つかっていない。
どこに消えるのか全く わからないのである。
シェイクスピアの言葉に、 「 泣きながら生まれてきて、死ぬのを恐れ、 泣きながら死んでいくのは、
人間だけだ。」、 というものがある。
サーリプッタの語ったという、「 もしも私が、正しく識知して、正しく身を修めているというのなら、
そもそも 誰によって この世に 何があるというのか。」、 という言葉の意味を、人間として、今こそ
考えてみたい気がする。
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アトゥーラ
ブッダのサンガが、ある村の林に滞在していた時、アトゥーラ という名前の 気の短い 信者の男性が
村人たちを連れて教えを聞こうと 楽しみにしてやって来た。
そこで、レーヴァタ という弟子に 話しを聞いたが、彼は瞑想好きの修行者であり 説法は苦手だったの
で、あまり話さなかった。 ついに、アトゥーラは、「 何にも 教えてくれないではないか ! 」
と言って怒った。
レーヴァタは、智恵第一の サーリプッタの所へ行くように頼んだ。
サーリプッタは、くわしく教えを説き、質問にも答えたが、話し方が難解だったのか、何にもわからなか
った。 「 何にも 分らないではないか ! 」、 と言って アトゥーラは 又怒った。
サーリプッタは、アーナンダなら、いつもブッダの近くで ブッダが信者たちに説法しているのを 聞いて
いるので、彼なら良いかもしれないと考え、アーナンダの所へ アトゥーラたちを つれて行った。
アーナンダは、彼らに わかりやすく 教えを話したが、難しい事は 答えなかったらしい。
アトゥーラは、「 ちょっとしか、教えてくれないではないか ! 」、 と言って 又怒った。
困ったアーナンダは、ブッダの所へ、アトゥーラたちをつれて行った。
怒り、貪り ( 過度の欲望 ) 、無智 ( 利己主義 ) という、仏教で言う所の 三毒の持ち主とも言うべき
アトゥーラではあったが、ブッダは やさしく話しかけたという。
「 アトゥーラよ。 これは 昔にも言う事であり、今に始まった事でもない。
沈黙する者も 非難され、多く語る者も 非難され、少しく語る者も 非難される。
世に非難されない者はいない。
しかし、ある修行者が 身を修めて 正しく修行しているとして、智恵をもって その修行者を信頼し、
その言葉を聞く人がいるなれば、その人を 誰が非難できるであろうか。
その人も、修行者も、共に光り輝くであろう。」、 と、語られた。
ブッダの高弟である サーリプッタの言葉に、「 もしも私が、正しく識知し、正しく身を修めて 生きて
いるのなら、そもそも、誰によって、この世に何があるというのか。」、 という、衝撃的とも思える
言葉がある。
今から 約二千五百年前の時代は、人類史上において、重要な論議がなされた 不思議な時代であると
言われている。
ギリシャ では、ソクラテスや プラトンたちの哲人が輩出し、都市国家において 人々は、善と徳、又、
正義を 実践するべきであるという論議を説き続けたが、愚民政治によって ソクラテスは死刑にされ、
プラトンも何度かの危機を迎えた。
中国においては、諸子百家と言われるように、孔子や 墨子 ( ぼくし ) たち思想家が活躍した。
墨子は非戦を唱えたが、どこの国王からも無視されたので 実力行使に出た。
攻撃される国の都城に、墨子一門の弟子たちと共に立てこもって 侵略軍を 常に撃破するという、
歴史にも異例の業績を残した。
インドにおいても 他の都市と同じく 戦国時代であったが、ブッダは 政治による統治に見切りをつけ、
自ら悟りを開いて、弟子たちを育成すると共に 悟りによる教えを実践した。
そして、その教えを全ての人々に伝道し続けて、史上最初の世界宗教を開いたのだった。
キリストの教義の母胎を説いたユダヤ教の聖者も、二千五百年前頃に 現れたと言われている。
イエスが活動していた国家地域は 当時の 文明国家の中では、最も野蛮な地方であったせいもあって、
イエスは わずか三年で、無実の罪をきせられ 聖者を恐れる国王に処刑された。
ブッダは、国王は人々から財産をゆすり取るから、「 国王 ( 権力者 ) と、盗賊は同じものである。」
と説いていたのだったが、ブッダの威光で当時 全ての国王はブッダに帰依していた。
二千五百年前の時代は、都市と共に 人間の精神文化と 文明が発展し始めた時代であり、
「 人間とは 何か 」、とか、「 人間社会は どのようなものであるべきか 」 という 根源的な議論と
思索とがあった時代だったらしい。
その時代に活躍して歴史に埋没した 無名の聖者たちも たくさんいた事が仏典にも記録されている。
平和と平等、博愛、正義や人格の向上に向けての道を訴える 真人たちと 世間との、伝道と拮抗の時代
であったとも言われている。
彼ら聖者たちの多くは、「 我々は 神の言葉に従っているのだ。」、 と宣言していて、常に処刑される
危険すら 恐れていなかった。
彼ら聖者たちの説き示した道に、世界はどれほど進んだのだろうか。
老子や、昔の聖人たちの共通したメッセージの一つに、「 自然に帰れ。」、 又は、
「 社会は協同し、平等であり、自然の摂理に従って生きるべきである。」、 という思想がある。
この点では、人間よりも、自然に生きる鳥や動物の方が賢明に見える事がある。
彼らは、野良猫に至るまで、死期を悟った時には、どこに行くのか、死体を さらす事がない。
象の墓場を見つけたら、たくさんの象牙が取れると思って、人間たちが数百年間探し続けているが、
象の墓場は未だに見つかっていない。
どこに消えるのか全く わからないのである。
シェイクスピアの言葉に、 「 泣きながら生まれてきて、死ぬのを恐れ、 泣きながら死んでいくのは、
人間だけだ。」、 というものがある。
サーリプッタの語ったという、「 もしも私が、正しく識知して、正しく身を修めているというのなら、
そもそも 誰によって この世に 何があるというのか。」、 という言葉の意味を、人間として、今こそ
考えてみたい気がする。
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