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ライオン と イノシシ
昔、ヒマラヤの山中のほら穴に、一頭の りっぱなライオンが住んでいた。
ライオンの住みか近くには 美しい湖があり、清らかな水面は 険しい雪の峰峰を映していた。
湖のほとりには、たくさんのイノシシが集団を作って住んでいた。
また、湖に ほど近い森には、 苦行者たちが 木の葉で 屋根をふいた家に住んで、 修行に励んでいた。
ある日のことだった。 湖のほとりでは、いつものように 水牛やらサルたちが のんびりと遊んでいた。
そこへ 腹をへらしたライオンが通りかかり、たちまち水牛に飛びかかったかと思うと、その のど笛に
くらいついた。
水牛を食べ終えて満腹したライオンは、ピチピチと舌を鳴らしながら 湖の水を飲み始めた。
ちょうどその時、一頭の大きなイノシシが 獲物を探して 湖の向こう側を うろうろしていた。
ライオンは イノシシの姿を目ざとく見つけたが、これを無視するかのように、すぐに目をそらした。
たった今、たらふく水牛を食べたばかりだったからである。
―― あのイノシシは、この辺に巣をもつやつらの一頭だな。 今あいつを食ってしまえば、ほかの
イノシシたちは驚いて 住みかを移してしまうだろう。 ばらばらに出てきたときに、こっそり一頭
づつ いただくとしよう。 それには、今あいつらに おれの姿を見られてはまずい。
二度と ここへ来なくなるかもしれないからな。
そう思うと、ライオンは イノシシに感づかれないように、木陰に身を隠して 山のほら穴へもどろうと
した。
ところが、イノシシも ライオンの姿を目ざとく見つけていた。
―― ふふん、 あのライオンは おれの姿を見て、こそこそ逃げようというのか。
去っていくライオンに向かって、イノシシは あざけり顔で呼びかけた。
「 ほほう、こそこそと逃げるのか。 ライオンたるものが なんてざまだ。
このイノシシさまが怖いのか。」
ライオンの姿は もう見えなくなっていたが、太い 威厳のある声だけは返ってきた。
「 イノシシよ、なにを言うのか。 わたしは今 腹がいっぱいで、眠くてしょうがない。
これから ほら穴へ帰って、ゆっくり昼寝がしたいのだ。 お前の おいしそうな肉は、七日後に
この場所で いただくとしよう。」
「 わかった。 七日後だな。 よし、この場所で 戦おう。」
イノシシは 勇んで住みかへ帰ると、みんなに ふいちょうした。
「 ライオンのやつ、おれの姿を見て こそこそと逃げやがるんだ。 おれは からかってやったよ。
すると、七日後に 戦おうと言いやがるのさ。 わっはっは。」
それを聞いて、仲間のイノシシたちは驚き、震え上がった。
「 なにを言っているんだ。 ライオンが百獣の王だということを知っているだろう。」
「 それは知っているよ。 だがな、おれを見て こそこそ逃げよったんだ。 ライオンにも弱虫は
いるものさ。」
「 とんでもない。 おれたちが十頭まとめて かかっていったって、ライオンには勝てっこないよ。」
イノシシの頭 ( かしら ) は彼を たしなめた。
「 お前は 自分の力を過信して ライオンをやっつけるなどと言っているが、それは うぬぼれという
ものだ。 ライオンを怒らせるものではない。 怒ったライオンは お前をかみ殺すだけでなく、
我々の仲間を、片っ端から みんな食い殺してしまうだろう。」
頭のイノシシに こう言われると、さすがに そのイノシシも震えだし、軽率な考えを起こした自分を
恥じた。
「 困った。 七日後に、あの場所で勝負しようと 約束してしまったのだ。」
イノシシたちは、一頭として ライオンに勝てる自信のある者はいなかった。
「 どうしよう。 逃げるか。」
「 いや、イノシシにも 誇りというものがある。 逃げては おれたちの誇りは台なしだ。」
「 それもそうだ。」
イノシシたちは、みんなで考えこんでしまった。 しばらくして、年をとったイノシシが みんなを
見渡しながら言った。
「 勝つ方法が 一つだけある ・・・・・。 人間のふんは 非常に臭い。 日がたつほどに、
鼻がゆがむほど においがひどくなる。 その くそだめの中で、戦う日まで 体を転がすんだ。
しばらくして、くそだめから はい上がり、体を太陽に干す。 体が適当に乾いたら、また くそだめに
転がる。 これを六日間繰り返して、七日目になったら 体を朝露で湿らす。
そして戦うときには 風上に立つのだ。」
作戦を授けられたイノシシは、苦行者たちの くそだめへ駆けていった。
さて、七日目の朝がやってきた。 ライオンとイノシシの決闘の日だ。
ライオンは約束どおり、山のほら穴を出て 湖のそばへやってきた。 約束の場所に近づくと、
どうだろう。 辺りは ひどく臭い。 ライオンは鼻を地面に すりつけた。
たまらないにおいで、へどが出そうだった。
この時、風上で人間のふんの よろいをつけたイノシシが 叫んだ。
「 さあ、来い。 勝負しようではないか。」
「 ウォッ 」 ライオンは短く叫んだ。 いやなにおいは 風上から流れてきた。
ライオンは、じっとイノシシを にらんだ。
―― やつの体から におってくるんだ。 イノシシのやつ、人間のふんを 体に塗りつけているのだな。
汚いまねをする。
ライオンは イノシシと勝負するなどとは 全く考えていなかった。 すぐさま のど笛にかみつき、
この大きなやつを 食い尽くしてやろうと思っていた。
「 しかし、くそまみれとは。 なんということだ。」 ライオンは 皮肉を込めて言った。
「 イノシシよ、うまい手を考えたな。 このほうびに 勝利はお前さんに譲るよ。」
ライオンは 言い終えると、ほかの獲物を探しに 森の方に去っていった。
イノシシは、意気揚々と 住みかにもどってきた。 「 おお、みんな、喜んでくれ。 勝ったぞ。
ライオンは 逃げていったぞ。」
頭のイノシシが言った。 「 我々イノシシが 勝ったのではない。 人間の ふんが勝ったんだ。」
年老いたイノシシが言った。 「 その通りだ。 策略は 一時の方便だ。 長続きするものではない。」
仲間が 臭い臭いと騒ぐので、イノシシは湖に飛び込んで 体を洗い、さっぱりしてもどってきた。
まだ ライオンに勝ったという興奮が冷めないイノシシは言った。
「 ライオンなんか、なんだ。 イノシシさまのほうが ずっと強いんだ。」
頭は これを聞くと言った。 「 ほざくんじゃない。 さあ、逃げるんだ。 ライオンが襲ってきたら
どうする。」
「 おれは 勝ったんだぜ。」
「 これから、仲間たちみんなに ふんのよろいを着けろというのか。 冗談じゃない。
愚か者は 自分だけじゃなく、周りの者をまで 破滅に導くものだ。 早く逃げるんだ。」
頭は みんなをせき立てた。 こうして 湖のほとりから イノシシの姿は消え去った。
ジャータカ 1 5 3
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ライオン と イノシシ
昔、ヒマラヤの山中のほら穴に、一頭の りっぱなライオンが住んでいた。
ライオンの住みか近くには 美しい湖があり、清らかな水面は 険しい雪の峰峰を映していた。
湖のほとりには、たくさんのイノシシが集団を作って住んでいた。
また、湖に ほど近い森には、 苦行者たちが 木の葉で 屋根をふいた家に住んで、 修行に励んでいた。
ある日のことだった。 湖のほとりでは、いつものように 水牛やらサルたちが のんびりと遊んでいた。
そこへ 腹をへらしたライオンが通りかかり、たちまち水牛に飛びかかったかと思うと、その のど笛に
くらいついた。
水牛を食べ終えて満腹したライオンは、ピチピチと舌を鳴らしながら 湖の水を飲み始めた。
ちょうどその時、一頭の大きなイノシシが 獲物を探して 湖の向こう側を うろうろしていた。
ライオンは イノシシの姿を目ざとく見つけたが、これを無視するかのように、すぐに目をそらした。
たった今、たらふく水牛を食べたばかりだったからである。
―― あのイノシシは、この辺に巣をもつやつらの一頭だな。 今あいつを食ってしまえば、ほかの
イノシシたちは驚いて 住みかを移してしまうだろう。 ばらばらに出てきたときに、こっそり一頭
づつ いただくとしよう。 それには、今あいつらに おれの姿を見られてはまずい。
二度と ここへ来なくなるかもしれないからな。
そう思うと、ライオンは イノシシに感づかれないように、木陰に身を隠して 山のほら穴へもどろうと
した。
ところが、イノシシも ライオンの姿を目ざとく見つけていた。
―― ふふん、 あのライオンは おれの姿を見て、こそこそ逃げようというのか。
去っていくライオンに向かって、イノシシは あざけり顔で呼びかけた。
「 ほほう、こそこそと逃げるのか。 ライオンたるものが なんてざまだ。
このイノシシさまが怖いのか。」
ライオンの姿は もう見えなくなっていたが、太い 威厳のある声だけは返ってきた。
「 イノシシよ、なにを言うのか。 わたしは今 腹がいっぱいで、眠くてしょうがない。
これから ほら穴へ帰って、ゆっくり昼寝がしたいのだ。 お前の おいしそうな肉は、七日後に
この場所で いただくとしよう。」
「 わかった。 七日後だな。 よし、この場所で 戦おう。」
イノシシは 勇んで住みかへ帰ると、みんなに ふいちょうした。
「 ライオンのやつ、おれの姿を見て こそこそと逃げやがるんだ。 おれは からかってやったよ。
すると、七日後に 戦おうと言いやがるのさ。 わっはっは。」
それを聞いて、仲間のイノシシたちは驚き、震え上がった。
「 なにを言っているんだ。 ライオンが百獣の王だということを知っているだろう。」
「 それは知っているよ。 だがな、おれを見て こそこそ逃げよったんだ。 ライオンにも弱虫は
いるものさ。」
「 とんでもない。 おれたちが十頭まとめて かかっていったって、ライオンには勝てっこないよ。」
イノシシの頭 ( かしら ) は彼を たしなめた。
「 お前は 自分の力を過信して ライオンをやっつけるなどと言っているが、それは うぬぼれという
ものだ。 ライオンを怒らせるものではない。 怒ったライオンは お前をかみ殺すだけでなく、
我々の仲間を、片っ端から みんな食い殺してしまうだろう。」
頭のイノシシに こう言われると、さすがに そのイノシシも震えだし、軽率な考えを起こした自分を
恥じた。
「 困った。 七日後に、あの場所で勝負しようと 約束してしまったのだ。」
イノシシたちは、一頭として ライオンに勝てる自信のある者はいなかった。
「 どうしよう。 逃げるか。」
「 いや、イノシシにも 誇りというものがある。 逃げては おれたちの誇りは台なしだ。」
「 それもそうだ。」
イノシシたちは、みんなで考えこんでしまった。 しばらくして、年をとったイノシシが みんなを
見渡しながら言った。
「 勝つ方法が 一つだけある ・・・・・。 人間のふんは 非常に臭い。 日がたつほどに、
鼻がゆがむほど においがひどくなる。 その くそだめの中で、戦う日まで 体を転がすんだ。
しばらくして、くそだめから はい上がり、体を太陽に干す。 体が適当に乾いたら、また くそだめに
転がる。 これを六日間繰り返して、七日目になったら 体を朝露で湿らす。
そして戦うときには 風上に立つのだ。」
作戦を授けられたイノシシは、苦行者たちの くそだめへ駆けていった。
さて、七日目の朝がやってきた。 ライオンとイノシシの決闘の日だ。
ライオンは約束どおり、山のほら穴を出て 湖のそばへやってきた。 約束の場所に近づくと、
どうだろう。 辺りは ひどく臭い。 ライオンは鼻を地面に すりつけた。
たまらないにおいで、へどが出そうだった。
この時、風上で人間のふんの よろいをつけたイノシシが 叫んだ。
「 さあ、来い。 勝負しようではないか。」
「 ウォッ 」 ライオンは短く叫んだ。 いやなにおいは 風上から流れてきた。
ライオンは、じっとイノシシを にらんだ。
―― やつの体から におってくるんだ。 イノシシのやつ、人間のふんを 体に塗りつけているのだな。
汚いまねをする。
ライオンは イノシシと勝負するなどとは 全く考えていなかった。 すぐさま のど笛にかみつき、
この大きなやつを 食い尽くしてやろうと思っていた。
「 しかし、くそまみれとは。 なんということだ。」 ライオンは 皮肉を込めて言った。
「 イノシシよ、うまい手を考えたな。 このほうびに 勝利はお前さんに譲るよ。」
ライオンは 言い終えると、ほかの獲物を探しに 森の方に去っていった。
イノシシは、意気揚々と 住みかにもどってきた。 「 おお、みんな、喜んでくれ。 勝ったぞ。
ライオンは 逃げていったぞ。」
頭のイノシシが言った。 「 我々イノシシが 勝ったのではない。 人間の ふんが勝ったんだ。」
年老いたイノシシが言った。 「 その通りだ。 策略は 一時の方便だ。 長続きするものではない。」
仲間が 臭い臭いと騒ぐので、イノシシは湖に飛び込んで 体を洗い、さっぱりしてもどってきた。
まだ ライオンに勝ったという興奮が冷めないイノシシは言った。
「 ライオンなんか、なんだ。 イノシシさまのほうが ずっと強いんだ。」
頭は これを聞くと言った。 「 ほざくんじゃない。 さあ、逃げるんだ。 ライオンが襲ってきたら
どうする。」
「 おれは 勝ったんだぜ。」
「 これから、仲間たちみんなに ふんのよろいを着けろというのか。 冗談じゃない。
愚か者は 自分だけじゃなく、周りの者をまで 破滅に導くものだ。 早く逃げるんだ。」
頭は みんなをせき立てた。 こうして 湖のほとりから イノシシの姿は消え去った。
ジャータカ 1 5 3
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