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ブッダ 最後の旅
ブッダの入滅は、弟子にとっても、人々にとっても、衝撃の出来事だった。
そのため、ブッダ 最後の旅の出来事は、詳細に 語り継がれている。
パーリ訳の仏典と、法顕訳の 大般涅槃経とから、ほぼ その全容を憶測する事ができる。
ブッダが 鷲の峰 に 滞在されていた時、マガダ国の大臣が 訪ねてきた。
「 王の命令で まいりました。 我が王は、ヴァッジ国を征服しようと 考えておられますが、その事で
ブッダの意見を 聞くように との事です。」
ブッダは、大臣を無視して、後ろにいる弟子の アーナンダに語りかけられた。
( 1 ) ヴァッジの国民は、会議で共和して 物事を決めているというが、その通りか。
( 2 ) 協同して 行動しているか。 ( 3 ) 法を 守っているか。
( 4 ) 古老を敬い、その意見を 聞いているか。 ( 5 ) 婦女を 大切にしているか。
( 6 ) 信仰を 尊んでいるか。 ( 7 ) 内外の聖者を 保護しているか。
と、問いかけ、アーナンダが、 「 その通りです。」 と 答えると、 「 それならば、ヴァッジ国には
繁栄があり、衰退は 無いであろう。 これは 私が教えたものである。」、 と、語られた。
大臣は それを聞いて、侵略を思い留まり 帰って行く。
すでに 八十歳になっておられた ブッダは、故郷の シャーカ国へ向かっての、最後の旅に出る。
象が 後ろを 振り返るように 都市を眺められて、 「 これが、この街を見る 最後になるだろう。」
と、語られたという。
ガンジス河までの道のりを、別れを惜しんだ人々が付き従い、大臣は、 「 今日、ブッダが通られた
門を、ゴータマの門、この渡し場を、ゴータマの渡し、と、名付けます。」、 と言う。
ブッダは、 「 沼地に触れないで、橋をかけて、渡る人々もある。 いかだを作って 渡る人々もある。
聡明な人々は、すでに 渡り終わっている。」、 という 感興の言葉を つぶやかれた。
数々の都市を 通り過ぎ、ナーディカ村で、アーナンダが、今までに 亡くなった信者たちは、どこに
赴いたのでしょう という 質問をする。
ブッダは その 一人一人の赴いた先を答えられるが、人の逝く先を知るという、宝鏡の教えを説かれた。
ヴェーサーリーで、アンバパーリーという遊女に、 「 どうか食事の招待を させて下さい。」 と、
願われ、これを 了解された。
そのすぐあとに、この国の貴族たちが やってきて、ブッダに食事の招待をするが、
「 すでに 受けているから。」、 と 断られる。
ベールヴァ村では、
「 自らを 島とし、自らを 拠り所とせよ。 他のものを 拠り所にしては ならない。」、 という
有名な、 「 自帰依 法帰依 」、 の 説法をされた。
ブッダの一行を見た人々は、 「 どうか 私の村に来て下さい。」、 と願い出るが、
「 その村は 遠い。」、 と、断られる。 すでに 死期を 悟られていたのだった。
そして、「 自然は 美しい。」、 という 感慨を語られる。
「 わが齢は熟した。 わが余命は、いくばくもない。 汝らを捨てて わたしは行くであろう。
わたしは 自己に帰依することを なしとげた。 汝ら修行者たちは、怠ることなく、よく気をつけて、
よく戒めをたもて。 その思いを よく定め 統一して、おのが心を しっかりと守れかし。」
と 語られる。
パーヴァー村で、鍛冶工 チュンダの接待を受け、 「 世の中には、どのような 修行者がいるので
しょうか。」、 という質問に、 「 道の聖者、 道を説く者、 道を歩く者、 道を汚す者が
いる。 汚れた僧が いるからといって、信仰を なくしてはならない。」 と 説かれている。
マッラ国に至った後、ブッダは病を得て、一時重態におちいった。
弟子たちは 呆然自失するが、やがてブッダは回復する。
ブッダは、 「 誰かが 鍛冶工チュンダに 後悔の念を起こさせるかも知れない。 チュンダの食事
を、とったあと 亡くなった、と言って。 アーナンダよ、チュンダの所へ行って こう言いなさい。
最後の食事は 最高の供養である、と。 」、 と 言われて 弟子に行かせた。
最後まで 人々を気遣っておられたのだった。
カクッター河で 沐浴され、そこで 力尽きる。
二本並んだ サーラ樹に、縄の寝台 ( ハンモック ) を作り、身を 横たえられた。
弟子たちは、 「 どうか、こんな 辺鄙な、田舎町で お亡くなりに ならないで下さい。
しばらく行けば、大きな都市があります。 そこには 多くの 勢力ある信者達がいます。」
と、たのむが、 「 へんぴな田舎町 などと 言っては ならない。」、 と 戒められた。
付き人のアーナンダが 泣き崩れていると聞かれ、アーナンダを呼んで、 「 アーナンダよ、お前は良い
事をしてくれた。 つとめはげんで 修行しなさい。 すみやかに 汚れのない者となるだろう。」
と、慰められている。
ブッダが今夜 亡くなると聞いて、スバッダという行者が 会わせてほしいと 訪ねて来た。
弟子がたちが、 「 師は、今 お疲れになっているから 会わせる事はできない。」、 と言って 断るが
スバッタは 執拗に願い出る。
その声を聞いた ブッダは、 「 やめなさい。 その行者を 拒絶しては ならない。」、 と スバッダを
呼び、スバッダの、 「 世には多くの哲学者がいますが、誰の言っている事が真実なのでしょうか。」
という質問に、 「 そんな詮議は もうやめなさい。」、 と、スバッダに 教えを説かれ、スバッダは
ブッダに 帰依して 最後の弟子となる。
この時、 「 私は 善を求めて 修行の道に入った。 正義と 真理の領域のみを 歩いてきた。 」
という言葉を、 ブッダは語られている。
ブッダは、弟子たちに、 「 何か 質問があれば、今、問いなさい。」、 と 聞くが、皆 声もない。
「 汝ら出家者は、私の葬儀に かかわってはならない。 私の葬儀は 信者たちがやってくれるだろう。
どうか、お前達は 自らの修行に専念するように。」
「 さあ、お前たちに告げよう。 諸々の事象は 過ぎ去るものである。 怠ることなく、
修行を完成なさい。」 と、告げられた。
その夜、弟子は、マッラの人々に、今夜ブッダが 亡くなることを 告げに行く。
すでに 公会堂に集まっていた マッラ族の人々は、それを心配していたのだった。
皆 泣き叫び、気絶する者もいたという。
アーナンダは、 「 一人づつ 会わせていたのでは 時間が無い。 家族ごとに 会わせよう。
夜も遅い。 女性や 尼僧から先に 会わせよう。」 と思う。
ブッダは 人々に、 「 幸せで いなさい。」、 と 語られ、やがて 人々との 別れの対面も 終わり、
弟子たちと 人々に 囲まれる中、慈悲を説き続けた聖者は 静かに瞑想に入り、安らかに 入滅された。
その時、時ならぬ 花びらが舞い降り、雷が光り、地震が起こったという。
パリニッバーナには、その出来事の 詳細が、恐怖と共に 書き残されている。
マッラ国の人々は、一週間の盛大な供養を行い、町を囲む城壁に 槍と弓矢を置いて 武装した。
( やがて他国が ブッダの遺骨を求めて 来るだろう。)、 と思って、尊守する覚悟を 決めたのである。
その頃、ブッダに遅れて 修行者の一団を率いていた マハーカッサパは、葬儀の花を持って歩いて来る、
異教の 行者を見た。 「 あなたは、私たちの 師を知っていますか。」、 と聞くと、
「 その方は お亡くなりになりました。 だから私は、この花を持っているのです。」、 と答えたので
弟子たちは仰天し、倒れ臥して泣き騒ぐが、修行を積んだ者は 耐え忍んでいたという。
しかしこの時、一人の弟子が、 「 皆泣くな。 我々に あれこれしては ならないと言っていた老人が
死んだのだから、これからは 自由にしようではないか。」、 という 不遜な言葉を吐く。
これを聞いた マハーカッサパは、それに堪えて、 「 このままでは、教えが 間違って伝えられるかも
知れない。 いずれ集まって、ブッダの言葉を 確認しよう。」、 という、決意をかためた。
これがのちに 七葉窟の 第一結集として 仏典の成立に 大切な役割を果たす事になる。
一行は 気をとり直し、ブッダの葬儀に間に合うようにと 道を急ぎ、マッラ国で巻かれた布から出ていた
ブッダの足を見る。 その足には、ある老婆のつけた 涙のあとが あったという。
荼毘が終わった頃、七ヶ国の使節が ブッダの遺骨を求めて 集まってきた。
国王と共に、軍隊を率いて来た国が多かった。
礼節を尽くして ブッダの遺骨を求めるが、マッラ国の人々に拒否される。
「 それでは我らは ここに軍を持っている。 力づくでも奪うだろう。」、 と言うと、マッラの人々は
「 我らも 軍を持っている。 力が尽きるまで 戦おう。 その事には、何の恐れもない。」、 と答えて
一触 即発の 緊迫した 事態になる。
その時、ドーナ という 在俗信者が 進み出て、 「 われらの ブッダは、心には 慈しみを、言葉には
忍耐と、真理とを 説かれた方でした。 その ブッダの遺骨を争って、殺し合いをするのは
良くありません。 共に、 八つに 分けましょう。 各地に、ストゥーパが できるように。」
と、説得に出て 各国の了解を得た。
では、誰に分配させるのか、という事になったが、その役目は、ドーナ バラモンに まかされた。
無事 分配が終わったあと、ドーナは、 「 私が分骨に使った この鉢を 私に下さい。 私の国にも、
ストゥーパ ( 聖者の 記念塔 ) を 作りましょう。」、 と言って、鉢を持って帰った。
一国、遅れてやって来た 国があったが、 「 もう 何もない。」、 と言われ、灰を もらって帰って
ストゥーパを作った。
岩波文庫ワイド版、 「 ブッダ 最後の旅 」、 には、
「 まなこ ある人の遺骨は、最上の人々によって、このように 供養されている。
合掌して、かれを 礼拝せよ。 げに ブッダは 百劫にも 会うこと難し。」
と いう 仏典の言葉で 終わっている。
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ブッダ 最後の旅
ブッダの入滅は、弟子にとっても、人々にとっても、衝撃の出来事だった。
そのため、ブッダ 最後の旅の出来事は、詳細に 語り継がれている。
パーリ訳の仏典と、法顕訳の 大般涅槃経とから、ほぼ その全容を憶測する事ができる。
ブッダが 鷲の峰 に 滞在されていた時、マガダ国の大臣が 訪ねてきた。
「 王の命令で まいりました。 我が王は、ヴァッジ国を征服しようと 考えておられますが、その事で
ブッダの意見を 聞くように との事です。」
ブッダは、大臣を無視して、後ろにいる弟子の アーナンダに語りかけられた。
( 1 ) ヴァッジの国民は、会議で共和して 物事を決めているというが、その通りか。
( 2 ) 協同して 行動しているか。 ( 3 ) 法を 守っているか。
( 4 ) 古老を敬い、その意見を 聞いているか。 ( 5 ) 婦女を 大切にしているか。
( 6 ) 信仰を 尊んでいるか。 ( 7 ) 内外の聖者を 保護しているか。
と、問いかけ、アーナンダが、 「 その通りです。」 と 答えると、 「 それならば、ヴァッジ国には
繁栄があり、衰退は 無いであろう。 これは 私が教えたものである。」、 と、語られた。
大臣は それを聞いて、侵略を思い留まり 帰って行く。
すでに 八十歳になっておられた ブッダは、故郷の シャーカ国へ向かっての、最後の旅に出る。
象が 後ろを 振り返るように 都市を眺められて、 「 これが、この街を見る 最後になるだろう。」
と、語られたという。
ガンジス河までの道のりを、別れを惜しんだ人々が付き従い、大臣は、 「 今日、ブッダが通られた
門を、ゴータマの門、この渡し場を、ゴータマの渡し、と、名付けます。」、 と言う。
ブッダは、 「 沼地に触れないで、橋をかけて、渡る人々もある。 いかだを作って 渡る人々もある。
聡明な人々は、すでに 渡り終わっている。」、 という 感興の言葉を つぶやかれた。
数々の都市を 通り過ぎ、ナーディカ村で、アーナンダが、今までに 亡くなった信者たちは、どこに
赴いたのでしょう という 質問をする。
ブッダは その 一人一人の赴いた先を答えられるが、人の逝く先を知るという、宝鏡の教えを説かれた。
ヴェーサーリーで、アンバパーリーという遊女に、 「 どうか食事の招待を させて下さい。」 と、
願われ、これを 了解された。
そのすぐあとに、この国の貴族たちが やってきて、ブッダに食事の招待をするが、
「 すでに 受けているから。」、 と 断られる。
ベールヴァ村では、
「 自らを 島とし、自らを 拠り所とせよ。 他のものを 拠り所にしては ならない。」、 という
有名な、 「 自帰依 法帰依 」、 の 説法をされた。
ブッダの一行を見た人々は、 「 どうか 私の村に来て下さい。」、 と願い出るが、
「 その村は 遠い。」、 と、断られる。 すでに 死期を 悟られていたのだった。
そして、「 自然は 美しい。」、 という 感慨を語られる。
「 わが齢は熟した。 わが余命は、いくばくもない。 汝らを捨てて わたしは行くであろう。
わたしは 自己に帰依することを なしとげた。 汝ら修行者たちは、怠ることなく、よく気をつけて、
よく戒めをたもて。 その思いを よく定め 統一して、おのが心を しっかりと守れかし。」
と 語られる。
パーヴァー村で、鍛冶工 チュンダの接待を受け、 「 世の中には、どのような 修行者がいるので
しょうか。」、 という質問に、 「 道の聖者、 道を説く者、 道を歩く者、 道を汚す者が
いる。 汚れた僧が いるからといって、信仰を なくしてはならない。」 と 説かれている。
マッラ国に至った後、ブッダは病を得て、一時重態におちいった。
弟子たちは 呆然自失するが、やがてブッダは回復する。
ブッダは、 「 誰かが 鍛冶工チュンダに 後悔の念を起こさせるかも知れない。 チュンダの食事
を、とったあと 亡くなった、と言って。 アーナンダよ、チュンダの所へ行って こう言いなさい。
最後の食事は 最高の供養である、と。 」、 と 言われて 弟子に行かせた。
最後まで 人々を気遣っておられたのだった。
カクッター河で 沐浴され、そこで 力尽きる。
二本並んだ サーラ樹に、縄の寝台 ( ハンモック ) を作り、身を 横たえられた。
弟子たちは、 「 どうか、こんな 辺鄙な、田舎町で お亡くなりに ならないで下さい。
しばらく行けば、大きな都市があります。 そこには 多くの 勢力ある信者達がいます。」
と、たのむが、 「 へんぴな田舎町 などと 言っては ならない。」、 と 戒められた。
付き人のアーナンダが 泣き崩れていると聞かれ、アーナンダを呼んで、 「 アーナンダよ、お前は良い
事をしてくれた。 つとめはげんで 修行しなさい。 すみやかに 汚れのない者となるだろう。」
と、慰められている。
ブッダが今夜 亡くなると聞いて、スバッダという行者が 会わせてほしいと 訪ねて来た。
弟子がたちが、 「 師は、今 お疲れになっているから 会わせる事はできない。」、 と言って 断るが
スバッタは 執拗に願い出る。
その声を聞いた ブッダは、 「 やめなさい。 その行者を 拒絶しては ならない。」、 と スバッダを
呼び、スバッダの、 「 世には多くの哲学者がいますが、誰の言っている事が真実なのでしょうか。」
という質問に、 「 そんな詮議は もうやめなさい。」、 と、スバッダに 教えを説かれ、スバッダは
ブッダに 帰依して 最後の弟子となる。
この時、 「 私は 善を求めて 修行の道に入った。 正義と 真理の領域のみを 歩いてきた。 」
という言葉を、 ブッダは語られている。
ブッダは、弟子たちに、 「 何か 質問があれば、今、問いなさい。」、 と 聞くが、皆 声もない。
「 汝ら出家者は、私の葬儀に かかわってはならない。 私の葬儀は 信者たちがやってくれるだろう。
どうか、お前達は 自らの修行に専念するように。」
「 さあ、お前たちに告げよう。 諸々の事象は 過ぎ去るものである。 怠ることなく、
修行を完成なさい。」 と、告げられた。
その夜、弟子は、マッラの人々に、今夜ブッダが 亡くなることを 告げに行く。
すでに 公会堂に集まっていた マッラ族の人々は、それを心配していたのだった。
皆 泣き叫び、気絶する者もいたという。
アーナンダは、 「 一人づつ 会わせていたのでは 時間が無い。 家族ごとに 会わせよう。
夜も遅い。 女性や 尼僧から先に 会わせよう。」 と思う。
ブッダは 人々に、 「 幸せで いなさい。」、 と 語られ、やがて 人々との 別れの対面も 終わり、
弟子たちと 人々に 囲まれる中、慈悲を説き続けた聖者は 静かに瞑想に入り、安らかに 入滅された。
その時、時ならぬ 花びらが舞い降り、雷が光り、地震が起こったという。
パリニッバーナには、その出来事の 詳細が、恐怖と共に 書き残されている。
マッラ国の人々は、一週間の盛大な供養を行い、町を囲む城壁に 槍と弓矢を置いて 武装した。
( やがて他国が ブッダの遺骨を求めて 来るだろう。)、 と思って、尊守する覚悟を 決めたのである。
その頃、ブッダに遅れて 修行者の一団を率いていた マハーカッサパは、葬儀の花を持って歩いて来る、
異教の 行者を見た。 「 あなたは、私たちの 師を知っていますか。」、 と聞くと、
「 その方は お亡くなりになりました。 だから私は、この花を持っているのです。」、 と答えたので
弟子たちは仰天し、倒れ臥して泣き騒ぐが、修行を積んだ者は 耐え忍んでいたという。
しかしこの時、一人の弟子が、 「 皆泣くな。 我々に あれこれしては ならないと言っていた老人が
死んだのだから、これからは 自由にしようではないか。」、 という 不遜な言葉を吐く。
これを聞いた マハーカッサパは、それに堪えて、 「 このままでは、教えが 間違って伝えられるかも
知れない。 いずれ集まって、ブッダの言葉を 確認しよう。」、 という、決意をかためた。
これがのちに 七葉窟の 第一結集として 仏典の成立に 大切な役割を果たす事になる。
一行は 気をとり直し、ブッダの葬儀に間に合うようにと 道を急ぎ、マッラ国で巻かれた布から出ていた
ブッダの足を見る。 その足には、ある老婆のつけた 涙のあとが あったという。
荼毘が終わった頃、七ヶ国の使節が ブッダの遺骨を求めて 集まってきた。
国王と共に、軍隊を率いて来た国が多かった。
礼節を尽くして ブッダの遺骨を求めるが、マッラ国の人々に拒否される。
「 それでは我らは ここに軍を持っている。 力づくでも奪うだろう。」、 と言うと、マッラの人々は
「 我らも 軍を持っている。 力が尽きるまで 戦おう。 その事には、何の恐れもない。」、 と答えて
一触 即発の 緊迫した 事態になる。
その時、ドーナ という 在俗信者が 進み出て、 「 われらの ブッダは、心には 慈しみを、言葉には
忍耐と、真理とを 説かれた方でした。 その ブッダの遺骨を争って、殺し合いをするのは
良くありません。 共に、 八つに 分けましょう。 各地に、ストゥーパが できるように。」
と、説得に出て 各国の了解を得た。
では、誰に分配させるのか、という事になったが、その役目は、ドーナ バラモンに まかされた。
無事 分配が終わったあと、ドーナは、 「 私が分骨に使った この鉢を 私に下さい。 私の国にも、
ストゥーパ ( 聖者の 記念塔 ) を 作りましょう。」、 と言って、鉢を持って帰った。
一国、遅れてやって来た 国があったが、 「 もう 何もない。」、 と言われ、灰を もらって帰って
ストゥーパを作った。
岩波文庫ワイド版、 「 ブッダ 最後の旅 」、 には、
「 まなこ ある人の遺骨は、最上の人々によって、このように 供養されている。
合掌して、かれを 礼拝せよ。 げに ブッダは 百劫にも 会うこと難し。」
と いう 仏典の言葉で 終わっている。
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