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老 子 ( ろうし ) - ( 1 )
( 「 タオ ヒア・ナウ 」 加藤祥造氏 訳 より )
「 水のように 」 ー ( 上善 水の如し )
何よりも すすめたいのは、「 水のようであれ 」 ということだ。 水は あらゆるものに 命を与える。
養ってくれる。 大変な力をもっているのに、争わないんだ。
人のいやがる 低いところにも、流れこんでいく。
「 タオ 」 に つながる人も 又、水に似て、低いところを 好む。
心を 求めるときは、いちばん 深いところを喜ぶ。 他人と接する時は、やわらかく 受け入れる。
何か 言う時には、できるだけ 正直な心で言う。 静かさを楽しむのは、もちろんの事だが、
動くとなれば、スムーズに、どんな変化にも 応ずるんだ。
ところで、こうした人の 生き方を貫くのは 何かと言えば、争わぬ という ひとすじだ。
だから、だれの非難も、こうむらない。
「 たかの しれた社会 」
ぼくらは、人にほめられたり けなされたりして、それを気にして、びくびく生きている。
自分が人に どう見られるか、いつも 気になっている。 しかしね、そういう自分というのは、
本当の自分じゃなくて、社会と かかわっている 自分なんだ。
一方、タオにつながる 本当の自分があるんだ。 そういう自分にもどれば、人に あざけられたって、
笑われたって、 ふふん、という 顔が できるようになるんだ。
社会から 蹴落とされるのは 怖いかもしれないが、社会の方だって、いずれ 変わってゆくんだ。
大きな道を ちょっとでも感じていれば、くよくよ しなくなるんだ。
たかの知れた 自分だけど、同時に、たかの知れた 社会なんだ。
もっともっと 大きな、「 ライフ 」 というもの それにつながる 「 自分 」 こそ、大切なんだ。
そこにつながる 「 自分 」 を愛するようになれば、世間から ちょっとばかり パンチをくらったって、
愛するものが 他にいっぱい 見つかるのさ。
世間では 値打ちなんか なくっても、別の 値打ちのあるものが、いくらでも 見えてくるんだ ――
金でなんか 買わないで すむものがね。
社会の中の ひと駒である自分は いつも、あちこち 突き飛ばされて 前のめりに走っているけど、
そんな自分の中には、もっとちがう自分が あるんだと、知って欲しいんだ。
「 虚の エナジーボックス 」
空間の 大いなる働きっていうのは、私たちの 内側にあるんだ !
そこに 虚の エナジーボックスが あるんだと、気がついてくれれば いい。
そうすれば、ものごとに 夢中になりすぎた時、そこから すっと離れる 力も 知恵も、出てくるのだ。
「 もとの 根に還る 」
目に見えない 大いなる流れを 受け入れる。 心を 空 ( から ) にして 受け入れる。
この 虚 ( から ) の 心があってこそ 見えてくるのは 何か。
万物は、生まれ、育ち、活動するが、やがて、もとの根に還ってゆく ―― それが 見えてくるのだ。
その行く先は、静けさ。 その静けさこそ 自然の本性。 水の行く先は、―― 海。
草木の行く先は、 ―― 大地。 いずれも 静かなところだ。 すべてのものは その根に還る。
自分の本性の 行く先に戻る。 と いうことは、静けさに 還ること。
それを知ることが 知恵であり、知らずに騒ぐことが 悩みや 苦しみを生む。
いずれは あの静けさに 還るとなれば、心だって 広くなるじゃないか。
心が 広くなれば、悠々とした態度に なるじゃないか。
そうなれば、時には、空を仰いで、天と 話をする気に なるじゃないか。
その時には、自分の身の上で くよくよするなんて、ちょっと馬鹿らしく感じるよ。
「 ますます 溢れ出てくる 」
だから、この 形のない 形。 目に見えない 働き。 この 大いなる 風のような タオにつながる時、
心 安らかで、静かで、図太く いられるんだ。
しかし 人は しじゅう、そこから離れて、よそに 気をとられてしまう。
例えば うまい料理のにおいに 鼻をぴょこつかせる。
それに比べて、タオのくれるものは 真水みたいに、味が あると言えばあるし、ないと言えば ない。
香りが あると言えばあるし、ないと言えば ない。
遠くの 風の音に似て、よく耳を澄まさないと 聞こえない。 不思議なものなんだ。
それでいて、使えば 使うほど、ますます、溢れ出てくるものなんだよ。
「 君の Here ー Now ( 今、ここ ) 」
虚の 大いなるパワーに つながれると、君の意識は ほんものの自由を 手にいれることになる。
だがね、ただの利口や 成績優秀、能率 一点張りの人だったら、恵みに あずかれないんだ。
なにしろ 虚のパワー ってやつは、ありそうで 無いもの 無さそうで あるものなんだ。
ものの エッセンス。 純粋なる イメージ。 かたちの 原型。
いわば、すべてにひそむ 不滅の エナジーなんだ。
そいつは 太古から 現在まで つづいているから、名付けようのない 名を持つ。
万物をまかなう パワーなのに、誰のものでも ない。
これを どうしたら 知ることができるかって ? いま在る 君自身を よーく 感じることさ。
君の here ー now を、自分全体で 感じることさ。
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老 子 ( ろうし ) - ( 1 )
( 「 タオ ヒア・ナウ 」 加藤祥造氏 訳 より )
「 水のように 」 ー ( 上善 水の如し )
何よりも すすめたいのは、「 水のようであれ 」 ということだ。 水は あらゆるものに 命を与える。
養ってくれる。 大変な力をもっているのに、争わないんだ。
人のいやがる 低いところにも、流れこんでいく。
「 タオ 」 に つながる人も 又、水に似て、低いところを 好む。
心を 求めるときは、いちばん 深いところを喜ぶ。 他人と接する時は、やわらかく 受け入れる。
何か 言う時には、できるだけ 正直な心で言う。 静かさを楽しむのは、もちろんの事だが、
動くとなれば、スムーズに、どんな変化にも 応ずるんだ。
ところで、こうした人の 生き方を貫くのは 何かと言えば、争わぬ という ひとすじだ。
だから、だれの非難も、こうむらない。
「 たかの しれた社会 」
ぼくらは、人にほめられたり けなされたりして、それを気にして、びくびく生きている。
自分が人に どう見られるか、いつも 気になっている。 しかしね、そういう自分というのは、
本当の自分じゃなくて、社会と かかわっている 自分なんだ。
一方、タオにつながる 本当の自分があるんだ。 そういう自分にもどれば、人に あざけられたって、
笑われたって、 ふふん、という 顔が できるようになるんだ。
社会から 蹴落とされるのは 怖いかもしれないが、社会の方だって、いずれ 変わってゆくんだ。
大きな道を ちょっとでも感じていれば、くよくよ しなくなるんだ。
たかの知れた 自分だけど、同時に、たかの知れた 社会なんだ。
もっともっと 大きな、「 ライフ 」 というもの それにつながる 「 自分 」 こそ、大切なんだ。
そこにつながる 「 自分 」 を愛するようになれば、世間から ちょっとばかり パンチをくらったって、
愛するものが 他にいっぱい 見つかるのさ。
世間では 値打ちなんか なくっても、別の 値打ちのあるものが、いくらでも 見えてくるんだ ――
金でなんか 買わないで すむものがね。
社会の中の ひと駒である自分は いつも、あちこち 突き飛ばされて 前のめりに走っているけど、
そんな自分の中には、もっとちがう自分が あるんだと、知って欲しいんだ。
「 虚の エナジーボックス 」
空間の 大いなる働きっていうのは、私たちの 内側にあるんだ !
そこに 虚の エナジーボックスが あるんだと、気がついてくれれば いい。
そうすれば、ものごとに 夢中になりすぎた時、そこから すっと離れる 力も 知恵も、出てくるのだ。
「 もとの 根に還る 」
目に見えない 大いなる流れを 受け入れる。 心を 空 ( から ) にして 受け入れる。
この 虚 ( から ) の 心があってこそ 見えてくるのは 何か。
万物は、生まれ、育ち、活動するが、やがて、もとの根に還ってゆく ―― それが 見えてくるのだ。
その行く先は、静けさ。 その静けさこそ 自然の本性。 水の行く先は、―― 海。
草木の行く先は、 ―― 大地。 いずれも 静かなところだ。 すべてのものは その根に還る。
自分の本性の 行く先に戻る。 と いうことは、静けさに 還ること。
それを知ることが 知恵であり、知らずに騒ぐことが 悩みや 苦しみを生む。
いずれは あの静けさに 還るとなれば、心だって 広くなるじゃないか。
心が 広くなれば、悠々とした態度に なるじゃないか。
そうなれば、時には、空を仰いで、天と 話をする気に なるじゃないか。
その時には、自分の身の上で くよくよするなんて、ちょっと馬鹿らしく感じるよ。
「 ますます 溢れ出てくる 」
だから、この 形のない 形。 目に見えない 働き。 この 大いなる 風のような タオにつながる時、
心 安らかで、静かで、図太く いられるんだ。
しかし 人は しじゅう、そこから離れて、よそに 気をとられてしまう。
例えば うまい料理のにおいに 鼻をぴょこつかせる。
それに比べて、タオのくれるものは 真水みたいに、味が あると言えばあるし、ないと言えば ない。
香りが あると言えばあるし、ないと言えば ない。
遠くの 風の音に似て、よく耳を澄まさないと 聞こえない。 不思議なものなんだ。
それでいて、使えば 使うほど、ますます、溢れ出てくるものなんだよ。
「 君の Here ー Now ( 今、ここ ) 」
虚の 大いなるパワーに つながれると、君の意識は ほんものの自由を 手にいれることになる。
だがね、ただの利口や 成績優秀、能率 一点張りの人だったら、恵みに あずかれないんだ。
なにしろ 虚のパワー ってやつは、ありそうで 無いもの 無さそうで あるものなんだ。
ものの エッセンス。 純粋なる イメージ。 かたちの 原型。
いわば、すべてにひそむ 不滅の エナジーなんだ。
そいつは 太古から 現在まで つづいているから、名付けようのない 名を持つ。
万物をまかなう パワーなのに、誰のものでも ない。
これを どうしたら 知ることができるかって ? いま在る 君自身を よーく 感じることさ。
君の here ー now を、自分全体で 感じることさ。
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