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ラッタ パーラ
クル国の カンマーサダンマの近くに、この地方第一の長者があり、ラッタパーラという息子がいた。
ラッタパーラは、この地方を訪れたブッダの説法を聞いて 大いに心を動かされ、出家して 専門に
修行したいと思った。
ブッダは 両親の許可がない者の出家は 認めなかったので、
ラッタパーラは 両親に自分の感激をつたえ、出家を認めてくれるよう願った。
しかし、彼は 家を継いで財産を守り、祖先の霊を祀らなければならない 一人息子だったので、
当然の事ながら 両親は出家を許さなかった。
「 出家させてください 。」
「 だめだ 。 お前は この家を継がなければならない 一人息子だから 。」
という 押し問答がつづいたのち、ラッタパーラは、
「 出家が許されるまでは 決して食事はしない 。」、 と言って、仰向けに寝たまま 断食をはじめた。
何日も がんばっているので、心配した両親は ラッタパーラの友人たちを呼んで 説得してもらったが、
ラッタ パーラは、 「 出家するか、ここで死ぬかだ 。」、 と 言ったまま 口を きかなかった。
友人たちは 両親に、 「 このままでは 死にます 。 出家させてやって下さい 。 出家後家に帰って
来た時に 又 説得すれば 良いではありませんか 。」、 と 言うので、両親は ついに出家を認めた。
それを聞いた ラッタパーラは 起き上がって 食べ物を食べ、晴れて仏弟子となった。
コーサラ国の都 サーヴァッティにある 祇園精舎で、ブッダ自身の指導を受けて、ラッタパーラは
熱心に修行し、やがて 阿羅漢とよばれる さとりの位に到達した。
かれは 自分の到達した心境を 故郷の父母に伝え、サーヴァッティから 遠く離れた
カンマーサダンマ 近郊の人々にも、ブッダの教えを 伝えたいと思った。
そこで ブッダの許しを得て、故郷の町を 訪問することになった。
はるばる旅して カンマーサダンマの近くに来ると、かれは 托鉢しながら町に入り、
生家の門の前に 立った。
父親は 門に立っている修行者の姿をした青年を わが子だとは気づかず、
日頃わが子を奪ってしまった ブッダと その弟子たちを憎んでいたので、
「 だめだ、だめだ。 お前のような者には 米粒 一つも やれない 。」、 と 言って 追い払い、
門を閉めさせた。
しかたなく、ラッタパーラが家の裏口に行くと、台所の方で 召使の女が 昨夜の粥の残ったものを
捨てようとしていた。 それを見たラッタパーラは、
「 もったいない 。 捨てるのならば いただきましょう。」、 と言った。
その声を聞いて 召使の女は この沙門が 若主人であると知り、両親に告げたので、
「 息子が帰って来た ! 」、 と 家中 大さわぎとなった。
「 自分の家なのだから 早く中に入りなさい 。」、 と 父親から すすめられても、ラッタパーラは
外で もらった粥を食べていて、 中に入ろうとしなかった。
さらに入るように言われると、かれは次のように言った。
「 出家の身には 入るべき家はありません。 托鉢してあなたの家の前に立つと、施しはもらえないで、
悪口雑言だけをもらいました 。」
父親は 自分のしたことが 沙門にたいして 礼を失したものであることに気づき、改めて
「 それでは 明朝、食事の供養を受けていただきたい 。」、 と申し出た。
ラッタパーラが翌朝 父の家に行くと、両親は さまざまなごちそうを用意し、若い嫁に美しく化粧させ、
着飾らせて待っていた。
両親は かれの姿を見ると、家には ぼう大な財産があり、在家生活をしながらでも ブッダの教えを
実践できるではないか、と 強く還俗をすすめた。
また かつての妻も かれにとりすがって、「 あなた、どんなに美しい天女のために 修行をしているので
すか 。」、 と言うと、
ラッタパーラは、 「 妹よ、私は美しい天女のために 修行しているのではない 。」、 と答えた。
彼女は、 「 ああ、妻であった私を ( 妹よ ) と呼んだ 。」、 と言って、その場に倒れ伏した。
ラッタパーラは かつての父に、
「 長者よ、私を困らせないでください 。 食事を施してくださるのなら いただきましょう 。」
と言ったので、父も出家のなんたるかを理解し、自分の手で食事をすすめ、十分に供養したのであった。
ラッタパーラは 食事を終わってから、さとりを求めて修行するものの心は、どのような財産も
美しく着飾った女性であっても 動かすことができない、と いう意味の 詩句を説いたという。
( 中部経典 第八ニ 「 ラッタパーラ経 」 )
「 ブッダと その弟子 89の物語 」 菅沼晃
「 ブッダをめぐる人々 」 コミック 里中満智子
より
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ラッタ パーラ
クル国の カンマーサダンマの近くに、この地方第一の長者があり、ラッタパーラという息子がいた。
ラッタパーラは、この地方を訪れたブッダの説法を聞いて 大いに心を動かされ、出家して 専門に
修行したいと思った。
ブッダは 両親の許可がない者の出家は 認めなかったので、
ラッタパーラは 両親に自分の感激をつたえ、出家を認めてくれるよう願った。
しかし、彼は 家を継いで財産を守り、祖先の霊を祀らなければならない 一人息子だったので、
当然の事ながら 両親は出家を許さなかった。
「 出家させてください 。」
「 だめだ 。 お前は この家を継がなければならない 一人息子だから 。」
という 押し問答がつづいたのち、ラッタパーラは、
「 出家が許されるまでは 決して食事はしない 。」、 と言って、仰向けに寝たまま 断食をはじめた。
何日も がんばっているので、心配した両親は ラッタパーラの友人たちを呼んで 説得してもらったが、
ラッタ パーラは、 「 出家するか、ここで死ぬかだ 。」、 と 言ったまま 口を きかなかった。
友人たちは 両親に、 「 このままでは 死にます 。 出家させてやって下さい 。 出家後家に帰って
来た時に 又 説得すれば 良いではありませんか 。」、 と 言うので、両親は ついに出家を認めた。
それを聞いた ラッタパーラは 起き上がって 食べ物を食べ、晴れて仏弟子となった。
コーサラ国の都 サーヴァッティにある 祇園精舎で、ブッダ自身の指導を受けて、ラッタパーラは
熱心に修行し、やがて 阿羅漢とよばれる さとりの位に到達した。
かれは 自分の到達した心境を 故郷の父母に伝え、サーヴァッティから 遠く離れた
カンマーサダンマ 近郊の人々にも、ブッダの教えを 伝えたいと思った。
そこで ブッダの許しを得て、故郷の町を 訪問することになった。
はるばる旅して カンマーサダンマの近くに来ると、かれは 托鉢しながら町に入り、
生家の門の前に 立った。
父親は 門に立っている修行者の姿をした青年を わが子だとは気づかず、
日頃わが子を奪ってしまった ブッダと その弟子たちを憎んでいたので、
「 だめだ、だめだ。 お前のような者には 米粒 一つも やれない 。」、 と 言って 追い払い、
門を閉めさせた。
しかたなく、ラッタパーラが家の裏口に行くと、台所の方で 召使の女が 昨夜の粥の残ったものを
捨てようとしていた。 それを見たラッタパーラは、
「 もったいない 。 捨てるのならば いただきましょう。」、 と言った。
その声を聞いて 召使の女は この沙門が 若主人であると知り、両親に告げたので、
「 息子が帰って来た ! 」、 と 家中 大さわぎとなった。
「 自分の家なのだから 早く中に入りなさい 。」、 と 父親から すすめられても、ラッタパーラは
外で もらった粥を食べていて、 中に入ろうとしなかった。
さらに入るように言われると、かれは次のように言った。
「 出家の身には 入るべき家はありません。 托鉢してあなたの家の前に立つと、施しはもらえないで、
悪口雑言だけをもらいました 。」
父親は 自分のしたことが 沙門にたいして 礼を失したものであることに気づき、改めて
「 それでは 明朝、食事の供養を受けていただきたい 。」、 と申し出た。
ラッタパーラが翌朝 父の家に行くと、両親は さまざまなごちそうを用意し、若い嫁に美しく化粧させ、
着飾らせて待っていた。
両親は かれの姿を見ると、家には ぼう大な財産があり、在家生活をしながらでも ブッダの教えを
実践できるではないか、と 強く還俗をすすめた。
また かつての妻も かれにとりすがって、「 あなた、どんなに美しい天女のために 修行をしているので
すか 。」、 と言うと、
ラッタパーラは、 「 妹よ、私は美しい天女のために 修行しているのではない 。」、 と答えた。
彼女は、 「 ああ、妻であった私を ( 妹よ ) と呼んだ 。」、 と言って、その場に倒れ伏した。
ラッタパーラは かつての父に、
「 長者よ、私を困らせないでください 。 食事を施してくださるのなら いただきましょう 。」
と言ったので、父も出家のなんたるかを理解し、自分の手で食事をすすめ、十分に供養したのであった。
ラッタパーラは 食事を終わってから、さとりを求めて修行するものの心は、どのような財産も
美しく着飾った女性であっても 動かすことができない、と いう意味の 詩句を説いたという。
( 中部経典 第八ニ 「 ラッタパーラ経 」 )
「 ブッダと その弟子 89の物語 」 菅沼晃
「 ブッダをめぐる人々 」 コミック 里中満智子
より
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