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仏教 遺教経 より
もし、眼、耳、鼻、舌、身の 五根を、したい放題にさせておいたら、五欲は果てしがない。
五根の動きを わがまま放題にさせてはならない。
したい放題にさせても 決して長続きするものではない。
だから 妄想が起きたら それを制御して 野放しにしてはならない。
この心の動きを 野放しにしておくと、ついには人間がそなえている 善いものを失ってしまうであろう。
しかし、この心を ある一点に集中するなら、何事も できないという事はない。
努めるべき時はつとめ、休むべき時は休め。
しかし 一生を空しく過して、何もなす事がないようではいけない。
恥じるという衣服は、人間の着飾る服装のうちで 最高の服装である。
恥を知る人は 善行を心がけるようになる。
恥を知らない人間は、他の動物と 変わるところが無くなってしまうであろう。
怒る心は 燃え盛る猛火の災害より はなはだしい。
おごり高ぶる心を慎み、正直で、すなおである事を旨とせよ。
欲の多い人は 悩みも又多いのだ。
欲の少ない人は、自分から求めたり 欲しがったりしないから 苦しみや 悩みがない。
少欲の人は 心がいつも淡々として、心中に 憂いや 恐れる所がない。
又、何事につけても、ゆとりができて 不足なものとてない。
故に 少欲な者は さとれる者である。
もし 全ての苦悩から 逃れたいと思うなら、足る事を知るが良い。
しかし 知足を知らない者は、たとえ 高貴な生活をしていても、なお不服、不満足である。
足る事を知らない人は、どのように富んでいても、なお不満であるから 貧人と変わらない。
多数の人を集めたり、にぎやかな事が好きな人には、煩わしい事が ついて廻って
心の安らぎが得られない。 故に 騒々しい場所から 離れるべきで、これを 遠離という。
もし 御身らが、よく努め はげむなら、困難を乗り越えて 成功しない者はないであろう。
谷川の わずかな水でも 休む事なく流れ続けるなら、いつしか石に 穴をあけるのに似ている。
修行者たちよ。 大切なのは 不妄念である。
不妄念を心にそなえる者は、煩悩の賊にもねらわれる事がない。
心を 良く散らさないように調える者は、禅定が得られる。
心が静かであると、世間の物や 事柄の変化の 真相を知る事ができる。
もし 良く心を調え得た者は、常に心が散らない。
智慧の心が もれないように、禅定 ( 瞑想、四禅 )を修行するがよい。
むだ話や、観念議論にふけると、心が乱れる。
故に 心を乱す戯論を 切り捨てるようにしなければならない。
この世にあるもの、宇宙にあるものは 全て 無常、移り変わる存在であり、
会う者は やがては離散されねばならないのである。
火に焼かれて 一切が無くなっていく事実を よく思い浮かべて、
ただ心配し 悲しむ事なく、知恵の光明により、心の暗黒を 照らし破るべきである。
( 大法輪閣 出版 「 遺教経 」 より )
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仏教 遺教経 より
もし、眼、耳、鼻、舌、身の 五根を、したい放題にさせておいたら、五欲は果てしがない。
五根の動きを わがまま放題にさせてはならない。
したい放題にさせても 決して長続きするものではない。
だから 妄想が起きたら それを制御して 野放しにしてはならない。
この心の動きを 野放しにしておくと、ついには人間がそなえている 善いものを失ってしまうであろう。
しかし、この心を ある一点に集中するなら、何事も できないという事はない。
努めるべき時はつとめ、休むべき時は休め。
しかし 一生を空しく過して、何もなす事がないようではいけない。
恥じるという衣服は、人間の着飾る服装のうちで 最高の服装である。
恥を知る人は 善行を心がけるようになる。
恥を知らない人間は、他の動物と 変わるところが無くなってしまうであろう。
怒る心は 燃え盛る猛火の災害より はなはだしい。
おごり高ぶる心を慎み、正直で、すなおである事を旨とせよ。
欲の多い人は 悩みも又多いのだ。
欲の少ない人は、自分から求めたり 欲しがったりしないから 苦しみや 悩みがない。
少欲の人は 心がいつも淡々として、心中に 憂いや 恐れる所がない。
又、何事につけても、ゆとりができて 不足なものとてない。
故に 少欲な者は さとれる者である。
もし 全ての苦悩から 逃れたいと思うなら、足る事を知るが良い。
しかし 知足を知らない者は、たとえ 高貴な生活をしていても、なお不服、不満足である。
足る事を知らない人は、どのように富んでいても、なお不満であるから 貧人と変わらない。
多数の人を集めたり、にぎやかな事が好きな人には、煩わしい事が ついて廻って
心の安らぎが得られない。 故に 騒々しい場所から 離れるべきで、これを 遠離という。
もし 御身らが、よく努め はげむなら、困難を乗り越えて 成功しない者はないであろう。
谷川の わずかな水でも 休む事なく流れ続けるなら、いつしか石に 穴をあけるのに似ている。
修行者たちよ。 大切なのは 不妄念である。
不妄念を心にそなえる者は、煩悩の賊にもねらわれる事がない。
心を 良く散らさないように調える者は、禅定が得られる。
心が静かであると、世間の物や 事柄の変化の 真相を知る事ができる。
もし 良く心を調え得た者は、常に心が散らない。
智慧の心が もれないように、禅定 ( 瞑想、四禅 )を修行するがよい。
むだ話や、観念議論にふけると、心が乱れる。
故に 心を乱す戯論を 切り捨てるようにしなければならない。
この世にあるもの、宇宙にあるものは 全て 無常、移り変わる存在であり、
会う者は やがては離散されねばならないのである。
火に焼かれて 一切が無くなっていく事実を よく思い浮かべて、
ただ心配し 悲しむ事なく、知恵の光明により、心の暗黒を 照らし破るべきである。
( 大法輪閣 出版 「 遺教経 」 より )
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