仏教の インド




ブッダの生まれた カピラバストゥ という都市は、現在のネパールとインドの国境付近にあったらしく、

インドと ネパールの両国は、それが 自国の内に在ったと主張している。


中央アジア の古代民族に、サカ族という民族がいた。   遺跡は皆 盗掘されていたが、幸い、近年に

なって未盗掘の墓が見つかり、そこからは見事な、黄金の 鎧 兜 (よろい かぶと) が発見された。


この、サカ族が、何らかの理由で 北インド地方に進出して サーキャ族 ( 釈迦族 ) の国を作ったと

考えられている。 

ブッダの事を、お釈迦様と呼ぶのは、釈迦族の聖者である という意味である。

サーキャ族の人たちは 誇りと プライドが高く、西北から侵入してきた 白人たちに 黄色人種と 罵られ

たが、 「 我々は、黄金色の 肌を持っているのである。 」、 と、自ら誇り、他の諸民族達からも、

( 黄金色の肌の人々 )、と呼ばれていた。      

 ―― この国は 太陽を シンボル にしている。


現代のインドでは、仏教は何世紀にもわたる、ヒンズー教や イスラム教の迫害に遭って 仏教徒は

インドの人口の約、五パーセントしかいない。   

ブッダは 約二千五百年ほど前に、釈迦族の王子として生まれガンジス川中流域で 活躍した。 

「 国王 ( 権力者 ) と 盗賊は 同じものである 。」、 と いう教説を持ちながらも、当時インド地方に

おける ほぼ全ての国王からの 帰依と 尊敬を受けていた。


インドは、精神文化の発祥の地として知られている。 

インドの人は 今も昔も、時間とか、年齢に関しては 無頓着である。   

人間は輪廻して生まれ変わり、もう 何千年も生きているという 信仰がある ( 知っている ) ので、

自分が今 何歳かという事には あまりこだわらない。

歴史における年代の記述も いいかげんで、百年 二百年の誤差は 当たり前。  

欧米の インド歴史学者の中には、 「 インドに歴史なし 。」、 と まで言う人もいる。


中村天風 ( てんぷう ) という 旧 日本軍のスパイ ( 諜報員 ) を していた人がいた。

天風は 中国大陸で 「 人切り天風 」、 と呼ばれ、散々人を切ったらしい。 

本人もそれを自慢にしていた時がある。 

しかし ある時、悪性の結核を患った。    

ドイツに渡って 病院通いをしたが 治らなかった。


故国で死のうと思って 乗った船で、ヨガの聖者が率いるインド人の一行と出会い、その聖者に何故か、

「 ついて来い 。」、 と 言われたという。 

どこで死んでも同じ と思って ついて行った。    自分が死ぬのは 恐かったらしい。    

そして、インドに連れて行かれ、馬に乗って 一行と 行動を共にした。


何日も何日も、山の中を進んで行くので、天風は、 「 一体、ここは、どこなんだ ? 」、 と 聞くと

「 ここは、ここじゃないか 。 お前が今いる ここじゃないか。    いったい お前は 何を言って

 いるんだ 。」、 と 言われる。

誰に聞いても 同じ返事が返ってくるという。 


「 いったい、今は、いつなんだ ? 」、 と聞くと、 「 今は、今じゃないか 。   一体お前は 何を

 言っているんだ 。」、 と、これも 誰に聞いても 同じだという。  

( ―― このあと、天風はヨガを習って病気を治した。―― )


世界における 客観的事実は一つだけと考えられているが、人間の数だけ 世界があるとも言える。

その人の 環境や 経験、知識によって、それぞれが世界を見 世界を知っていると 思うからである。 


それと同時に、内面的 ( 主観的 ) 真実 がある。     インドでは 古来 これを重視していた。 

そこで 昔のインドのヨーガ ( このヨーガは 現代のヨガとは ちがう ) の行者たちが 瞑想によって、

高度な 感覚的境地を開く修行をしていた。

精神性 ( 心霊 ) を高めて、自我の束縛を 断ち切り、世界と自己とを 超越する 精神武道である。 


ちなみに、 「 その人が 自分自身の事を知っているように、 神々も又、かれの事を知っている 。」

と いう ブッダの言葉がある。


この背景には、当時のインド地方の 快楽主義と、戦乱、論争、利己主義、無智、弱肉強食 などの、

究極の混沌があった。       現代と同じである。 

それに対して 自然に帰り 自己を求め 真理を体得しようとする思想家たち ( 沙門、サマナ ) が

活躍した。

人々は、国王から 庶民に至るまで 切実に、 平和、秩序、真実を 求めていたので、あらゆる聖者の

もとに足を運んで教えを聞くという、うるわしい風習があった。 

ここから 世界最初の人類思想の一つであり、初めての世界宗教を開いた、 ゴータマ ・ ブッダの

仏教が誕生する。 


古代インドで、瞑想と 精神主義の思想と、その修行法が発達した原因の一つは、孤独を好む 習慣と

性質があり、日本のように、稲作などで 人々が一致協力して行動する必要がなかったようで、

それは、たび重なるガンジス河の氾濫によって、何もしないでも 年に 二回の作物の収穫が得られた、

という風土から来ているとも いわれている。 

河の 氾濫の規模が大きいと 村は流され、山や小高い丘が 洲になり、生き残った人々はそこに残る。

仏教で、「 彼岸に渡る 」、 とか、「 自分と 真理を 洲 ( 拠り所 ) とせよ 。」、 と言う 言葉は

そういった環境から来ている。


現在でも、インドでは 町が 洪水によって ひざまで水に浸かっても、人々は平気で 水の中を歩いて

いる。      

散髪屋でも 客が ひざまで水に浸かったままで散髪されている。


仏教では、善い行いをする事、( 戒行 ) と、自我に囚われないで 世界の真理 ( 真実 ) を知る事と、

瞑想 ( 四禅 ) による、感覚的 認識 ( 境地 ) を開く事、善行をする事、分かち与える事などが、

人間の生きる道であり、苦しみからの解放 ( 解脱 ) であり、修行の道とされている。


仏典には、古代の ( その当時の ) 戦争のありさまも 書かれている。

今でも インドでは、牛は 聖なる動物と見なされ、牛が年老いても 殺される事なく 捨てられるので、

村には、ノラ牛が うろうろしている。     

だから牛の糞 ( ふん ) は、どこにでもある。

昔も 事情は同じだったらしく、敵国が攻めて来て 城壁 ( 町をとり囲む壁 ) を はしごなどで登って

来ると、壁の上から、大釜で煮詰めた 牛の糞をかけたと書いてある。


牛のふんに水をまぜて、その泥を沸騰させて かけたのだった。

日本でも 城を登って来る敵兵に 石を投げたり 熱湯をかけたりしたというが、

牛のふんを かけられたら 大変である。     

皮膚につくと、くっついて 大やけどをする。

 
インドでは、人々は 服を着たまま 川に入る。  

水の中で、 洗濯も  入浴も、 洗顔も  洗髪も できてしまう。  歯もみがく。  

水が 罪を洗い流してくれるという迷信があるので お祈りもする。 

そのまま 川から出てきて 歩いていると、暑いし 空気が乾燥しているので 全部乾く。 

インドでは、それで良いのだった。


人々は 人目を気にしないので、ジャイナ教や、アージーヴァカ教の 修行者たちのように、

性器も隠さず、真っ裸で暮らす 聖者たちも 大勢いて 信者の尊敬を受けていたが、

さすがに 見苦しいと思っていた 女性たちもいたのだった。