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                   ヘルマン ・ べック 「 仏教 」 より ー ( 2 )
 



ブッダは、感性に結び付いた思考を 克服する事によって、高次の認識に至りつくと言う。


思考の 誤った道によっては、決して宇宙の大問題に達することができない、という事を示している。


ブッダは、超感覚的な ものへと昇り、感覚的なものの束縛から離脱する事を 目標とする道を教え、

ただの 学理とは反対の 瞑想的な 宗教思想に属した。



一般に インドのヨーガ者たちは、ただ 自己の為に 霊的発展に努力し、いわば 利己主義によって

外界から 離れていたのであるが、ブッダは、そういう態度とは 全く縁がなかった。

ブッダの努力は、それと全く異なり、現実の人間愛に あふれていた。



ブッダは、心霊的なものよりも、むしろ、あらゆる意味で 「 道 」 の 基礎をなす

倫理的なものの方に、決定的 価値を認めた。   

ブッダは、低級な呪術や 通俗の迷信に類する事をすべて 全く嫌い、

弟子たちが そういう事に たずさわらぬように、固くいましめた。

料金を取って 行っていた、ありとあらゆる 占術、ブッダは これらの事を 「 低級な術 」、 と呼び、

正しい修行をする弟子にとって 無用の事であると言った。   

これらの術は、ブッダが いみじくも「 聖なる 」 と 名づけた道の本質には そぐわないものであった。



すなわち、自分で到達した 霊的目標の方へ、同時代の人々を 深く押し進める為に

役立つと思われる事は、これを開示し、それ以外の事は 沈黙を守り、

たとえ どういう動機から懇願する者があっても、ブッダは その智を放出する事はなかった。



ブッダは 古来の習慣を攻撃する事を その使命としたのではなく、ただ、外面的形式に対して、

真の 心霊内容、真の 内面的体験、真実の 倫理的浄化を 強調したのである。



ブッダも その弟子たちも、他派の修行者や信者たちとも、かなり親しく交わっていたらしい。

こういう場合にも、ブッダの話し方には ブッダ独特のやさしさと 寛容とがあらわれている。

ブッダは ひとたび正しいとして述べた事は、少しも譲らなかった。   そして又、邪説であると

思う事を排斥する場合には、時によると、辛辣な言葉や 激烈な言葉さえも遠慮しなかった。



ブッダは 尼僧を認める事によって、女性にも宗教生活に入る事を許し、したがって、

この決定であり 最も重要でもある点において、男女同権を 承認したのである。



献身的に 尊敬する事ができるというのは、いつの時代においても、女性に特有な能力であって、

その為に、別の方面から見ると、女性こそ そのような宗教生活に 容易に入れるはずであり、

むしろ 女性こそ まさしく それに適しているとさえ思われるのである。

ブッダは 常に心霊上の転換を 重視されたが、

この転換は、悟性的、批判的な人々よりも、崇拝の傾向のある人々の方が 行いやすい。 



ブッダは、弟子たちを 自分のもとに束縛しておこうとはせず、

むしろ、いわば 独立させようとしたのであって、その為に教えを授け、

のちには、この教えをもって 生きている師に代える事にした。



ブッダを、人間の教育者 と呼ぶ事は、特に注目にあたいするし、かつ又、重要と思われる。

帰依者たちが ブッダを尊敬していたのは、哲学の理論家としてではなくて、その人格の偉力によって

感化し、実践の 至福の目標を実現する事を目指す 自習の道を教える師 としてであった事がわかる。





  ( ヘルマン ・ べック ( 1875ー1937 ) は、 「 仏教は西洋で言うような 無神論でもなく、

 又、ただの哲学的合理主義でもない。  

 仏教はその本質において 哲学とは全く異なったものであって、近代の唯物論とはまったく関係のない

 ものである。」、 と、断定すると共に、「 ほんとうの仏教は 近代の神智学の動きと同じでもない。 
 
 いくらか接触する点があるとしても 本質上別のものである。 」

 と書いて、この運動 ( 神智学 ) に対しても警戒している。)






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