テーラ ガーター  ( 3 ) ー 仏弟子たちの言葉




「 アングリマーラ よ 。   わたしは、一切の生きとし 生けるものどもに対して 暴力を抑制して、

 常に 立っています 。 しかるに、そなたは 生きものどもに対して 殺害する心を 抑制していない 。

 それ故に、わたしは 静かに立っているが、そなたは 静かに立っていないのです 。 」

                       (   殺人鬼に向かって語った ブッダの言葉   )



以前には 悪い行いをした人でも、のちに 善によって つぐなうならば、その人は この世の中を照らす。

――   雲を離れた 月のように。    



すべての方角の人々は、私について、忍耐を説く人々、不抗争を 称賛する人々の説く 教えを、

適当な時に 聞け。     そうして、それに従って 実行せよ。



私は 以前には 手が血で染められ、 「 アングリマーラ 」  という 悪名で知られていた。

大きな激流に 流されていたが、すでに ブッダに帰依するに 至った。

妄執を 離れ、執著する事なく、感官の 門を守り、善く 自らを制御し、罪悪の根を 除き去って、

私は 汚れの 消滅に達した。                          アングリマーラ



心を 落ち着けていて、 欲が 少なく、 満足していて、 心が 散乱する事なく、

人々から 遠ざかり離れる事を 楽しみ、 心に喜び、 常に 精励努力している人がいる。

その人には、悟りに導く 助けとなる これらの 善い性質が存する。

かれは 汚れの無い者である、と、大仙人 ( ブッダ ) は 説かれた。



「 さあ、修行者たちよ 。  お前たちに 告げよう 。   諸々の事象は 過ぎ去るものである 。

  怠る事なく、修行を完成なさい 。 」                  ブッダ 最後の言葉



心の安住せる かくのごとき人には、すでに呼吸がなかった。  欲を離れた聖者は 安らいに 達して

亡くなられたのである。    ひるまぬ心をもって 苦しみを 耐え忍ばれた。 

あたかも 灯火の消え失せるように、心が 解脱したのである。             アヌルッダ



未来においては、愚かで、 怒りやすく、 戒行に専念せず、 傲慢で、 争闘を楽しみとする

獣 のごとき やからが 横行するであろう。  ( ブッダ亡きあとの 長老の言葉 )



自制心 なく、追随を 事とする者は、常に よこしまな生活を楽しんで、利益を得る者どもに

従うであろう。     利益を得ない者どもは、尊敬されないであろう。 

たとえ、いとも愛すべき 賢者なりとも、 利益を得ない時には、人々は かれに仕えないであろう。

未来に この恐怖が 迫って来る前に、そなたらは、ことばやさしく、心が和 ( やわら ) いで、

互いに 尊敬する者であれ。

慈しみ の心あり、憐れみ深く、戒めをよく守り、精励努力して果敢で、常に剛勇であれ。



正しく行い、心を 落ち着けている人 のように よく気をつけていて、正しく意思して行い、怠らず、

内に 反省する事を 楽しみ、自ら 良く心の安定を得、ただ独りでいて、そして 満足している者、

―― かれを 人々は、「 修行者 」 と 呼ぶ。



他人を 訓戒せよ。   教え さとせ。   宜 ( よろ ) しくない事から 他人を遠ざけよ。

そうすれば、その人は 善人に愛され、悪人からは うとまれる。



心 静かに煩労なく、 心が 清く澄んで 汚れなく、 性行が良く、 聡明であり、 

苦しみを 滅ぼす者であれ。



聡明な 人は、   ―― 二枚舌を使う 者、怒り易い 人、けちな 人、そして 他人の破滅を喜ぶ 人と、

つきあっては ならない。     悪人と 交わるのは、わざわいである。

聡明な 人は、   ―― 信仰心が あり、気持ちの 良い、明らかな 智慧をそなえ、学識 ある 人と、

つきあうべきである。     立派な人と交わるのは、幸せである。



学ぶ事の 少ない人は、牛のように老いる。     かれの 肉は増えるが、かれの 智慧は増えない。



学識 ある者が、その学識を 誇る事によって、学識の 劣った者を 軽んずるのは、

灯火を 持っている 盲人のようなものだ と、私には 思われる。



忍受する 事によって、為そう という 欲求が生じる。

内に よく 心の 安定した人は、時に応じて、奮励する。



真理 を 喜び、 真理 を 楽しみ、 真理 を よく 知り分けて、 真理 に 従っている 修行者は、

正しい ことわりから 堕落する事は ない。



        「 スニータ の 出家 」


 わたくしは 賤しい家に生まれ、 ( パーリヤ、差別の苦しみを 受けていた 不可触民 )

貧しくて 食べ物が とぼしかったのです。 わたくしは 稼業が卑しくて 萎んだ花を掃除する者でした。

( 糞尿のくみとり人 )  人々には 忌み嫌われ、軽蔑せられ 罵られました。 

わたくしは 心を低くして 多くの人々を敬礼しました。

その時、完全な覚りを 開いた人 ( ブッダ ) 大いなる 健き人が、修行者の群れに とりまかれて、

マガダ国の首都に 入って来られるのを、わたくしは 見ました。

わたくしは、天秤棒を投げ捨てて、師に 敬礼する為に、近づきました。

わたくしを 憐れむが故に、最上の人 ( ブッダ ) は そこに立ち止まっておられました。

その時、わたくしは、師の 御足に敬礼して、一方の側に立って、

あらゆる 生きものの内の 最上者に 「 出家させて下さい 」 と 請いました。

その時、慈悲深き 師、全世界をいつくしむ人は、 「 来なさい 。 修行者よ 。」  と

わたくしに 告げられました。     これが わたくしの 受戒でありました。

その後、わたくしが 人々の群れに 敬われているのを、師は 見たもうて、微笑をたたえて

次の道理を 説かれました。 ――                           スニータ


「 熱心な修行と  清らかな行いと、 感官の制御と  自制と、

―― これらによって、人は、バラモンとなる 。 これが 最上の バラモンたる 境地である 。 」                    



   ( ここで ブッダの言われるバラモンとは、邪悪をはらい除いた人、という意味です。

        スニータ の出家、この出来事は、当時のブッダの 面影を知る 重要な 資料です。 )


今を去る、約 ニ千五百年前の インド地方においては、司祭階級、武士階級、市民階級、奴隷階級、

不可触民 ( パーリヤ ) という 階級差別があり、特に最下層の パーリヤへの差別は、苛酷を極めた。 

当時インド地方には、西北から白人が、中央アジアから シャーキャ族が、現在のモンゴル地方からは

リッチャビ族が、その他、色々の民族が侵入して それぞれ 国を作り、思想家を輩出し、戦乱と論争の

嵐だった。 


ブッダは 我々 日本人と同じ モンゴル人種で、米を栽培している、釈迦族の王子として生まれた。 

現在のインドに見られるような混血はまだ進んでおらず、皮膚の色によっても優劣の競い合いがあった。 

奴隷階級の人々は元々インド地方の先住民族で、皮膚の色は黒かった。ドラヴィダ人とも言われている。 

金属を持っていなかったので、それぞれの民族から侵略され、土地を奪われていた。

とらわれた人は奴隷にされた。     時代が進むと、生まれによる差別の観念は 定着した。


ブッダは この頃、名声を博していたとはいえ、数ある、新興 宗教思想家の内の 一人 ( サマナ )

にすぎなかった。     スニータが、市民や 国王から敬愛されている 聖者ブッダに近づき、

市民 注視の中で、「 サンガ ( 集い ) 」 に入りたい、( 出家 ) の希望を願い出る事は 不可触民で

あった スニータにとっては、命がけ、決死の行動だった。

万一、ブッダに拒否されたら マガダの 国王と国民に、不敬の罪で 処刑される可能性があった。


人間の、生まれによる差別を 全面否定していた ブッダは、スニータの願いを 当然の事として

受け入れた。      ブッダは 革新的な思想の 宗教家ではあったが、論陣を組んで争う事なく、

人々を 救う事と、修行のみに生きる 孤高の聖者であった と言われている。


しかし、スニータは ( おそらく ) 皮膚の色で 奴隷階級か、パーリアの人だと 誰からも知られたはず

である。

ブッダのサンガ ( 修行者の集まり ) は托鉢 ( たくはつ、食べ物をもらう事 ) によって生活していた。

サンガ には 多くの 奴隷階級の弟子達もいたが、皆 サンガの中では 対等 平等であった。

しかし、 市民は 今まで奴隷として軽蔑していた者を 今度は修行者として 供養 敬礼する 事になる。

ブッダ は 当時の常識を無視し、非難や 危険を恐れず、彼等を 喜んで受け入れたようである。

又、出家したあとの スニータに対する 市民の反応を気づかって、見守っていた様子が 見受けられる。


仏教は 平和の宗教である と言われる。


ブッダ は、「 平等であり、協和し、助け合い、尊敬し合う 世界を、 顕示せよ 。 」 と 説かれた。

「 ブッダ は 私 一人ではない 。 過去にもいたし、現在にも いるし、又 未来にも いるであろう 。

 智慧を持って 誰が 聖者かを識別し、すべての聖者の教えを聞きなさい 。」、と言われている。

そのせいか、滋賀の三井寺にも、聖母マリアの神像が 礼拝されて置かれている。

又、強国 マガダの軍隊の進軍する道に、ただ独りで座り、三度にわたって 侵略を阻止している。

当時は 国王も前線に出る。   マガダの国王や 兵士にとっても ブッダは尊敬されていたので、

嫌々ながら 帰って行ったらしい。

一人の聖者が 戦乱を阻止したという事実は 歴史的にもめずらしい。


最初期の仏典では、ブッダの事を、「 何ものをも恐れない人 」、「 最善なる人 」、「 寛大なる人 」

「 神々 ( 神霊 ) と人間を導く人 」、「 幸福なる人 」、などと 呼ばれていた。

オスカー ワイルドの、「 幸福の王子 」 は、ゴータマ・ブッダ が モデルにされている。



スニータ の出家は、ブッダの、徳、人柄と、その思想 実践を偲ばせるエピソードのひとつです。