ウダーナ ヴァルガ  ( 2 )




すべて 悪しき事を なさず、 善い事を 行い、 自己の心を 清める事、

―― これが 諸々の、仏の 教えである。



唯一なる ことわりを 逸脱し、偽りを 語り、彼岸の世界 ( 善、人格の完成、来世 ) を

拒んでいる人は、どんな悪でも なさないものは 何もない。



人が もし 善または 悪の行いを なすならば、かれは 自分のした 一つ一つの 業の 相続者となる。

実に 業 ( 行為 ) は 滅びないからである。



自分の幸せだけを 求める人々は、笑いながら 悪い事をする。

しかし、かれらは のちに苦しんで、泣きながら その報いを受ける。



物惜しみする人々は、天の 神々の世界に おもむかない。

その愚かな人々は、分かちあう事を たたえない。

しかし信 ( まこと ) ある人は、分かちあう事を喜んでいるので、このようにして来世には幸せとなる。



信 ( まこと、誠実 ) は 人の 最高の財である。   徳を良く 実行したならば、幸せを受ける。

真実は、実に 諸々の 飲料のうちでも 最も 甘美なものである。

明らかな 智慧によって 生きる人は、生きている 人々のうちで 最もすぐれた人であると 言われる。



人は、信仰によって 激流を渡り、努め はげむ事によって 海を渡る。  

勤勉によって 苦しみを捨て、明らかな 智慧によって 全く清らかとなる。



明らかな 智慧を 武器とし、瞑想による力をそなえ、心が統一し、瞑想を楽しみ、気をつけている人は、

世の中の 興亡盛衰を さとって、智を 具現した人として、あらゆる事柄から 解脱する。( 解放される )



骨を断ち 命を奪い、牛、馬、財宝を 掠奪し、国土をも 掠め取る者どもにさえも 協和がある。

それなのに、この理法を 理解している 汝らに どうして協和が ないのだろうか。



怨みは 怨みによっては 決して 静まらないであろう。

怨みの状態は、怨みの 無い事によって 静まるであろう。    

怨みにつれて 次々と 現れる事は、為にならぬ という事が 認められる。  

それ故に 理 ( ことわり ) を知る人々は、怨みを 作らない。



白鳥は 太陽の道を行き、 感官を制御した人々は 虚空 ( そら ) を行き、

心ある人々は、悪魔の軍勢に 打ち勝って 世界から 去って行く。



水道を作る人は 水を導き、 矢を作る人は 力をこめて 矢を真直ぐにし、 

大工は 材木を正し、 慎み深い人々は 自己を ととのえる。



学びに 努める人こそ、この 大地を 征服し、神々と共なる 閻魔の世界を 征服するであろう。

わざに 巧みな人が 花を摘むように、

学びに 努める人こそ、善く説かれた 真理の言葉を 摘み集めるのであろう。



他人の過失を 見るなかれ。    他人のした事と、しなかった事を 見るなかれ。

ただ 自分のした事と しなかった事について、それが正しかったか 正しくなかったかを よく反省せよ。



うず高い 花を集めて 多くの 花かざりを 作るように、

人として 生まれ、また 死ぬべきで あるならば、多くの 善い事を なすべし。



実に 自己は 自分の あるじである。  自己は 自分の よるべである。  

故に 自己を 制御せよ。  ―― 御者が 良い馬を 調練するように。