息子が亡くなる前までは、他の家族と同様、車で1-2時間のところに住んでいる義父母のところへは定期的に行っていた。

 

そして、家族っていいな、と思うことが出来たのは、本当に良かったと思う。

 

義理の父は、貨物船の船長をしていて、日本の高度成長期の貿易の盛んな時に活躍したのだと思う。

 

義理の父、元夫の家族は広島の呉市の出身で、その家族たちは恐らく戦時中は海軍などに従事していたのかもしれない。詳しいことは分からないが、広島での被爆の話は聞いたことがなかったので、影響はなかったのかもしれない。

 

義理の母は神戸の出身だった。しかし何故か、精神的に多少やんでしまっている部分があり、日常生活に支障はないように見えたが、詳しいことは教えてもらっていない。

 

また、何故か広島の呉市に里帰りなどもしたことはない。なので、呉市は一度も訪れたことがない。

 

この家族の歴史を調べればいろいろと分かったことがあるかもしれない。

 

以前、自分の父が亡くなって、お葬式に実の父の兄が来てくれたのだが、何故かその叔父が父が棺に入っているところの写真を撮っていたようで、のちのその写真が送られてきた。

 

日本の場合はエンバーミングをする風習はないから、死後の写真を撮ることは、普通しないと思う。

 

けれど、その叔父が1か月しないうちに、交通事故、しかも横断歩道を渡っている際に、一旦戻ろうとして右折してきたトラックに轢かれたのは、偶然だったのか、疑問ではある。

 

そして、義理の父が亡くなった際にも、同様のことが起こった。義理の父の棺の中の写真を撮った、義理の弟が、1か月くらいして脳梗塞で植物状態になってしまった。写真を撮ったのは彼だったかもしれないが、撮るよう依頼したのは義理の妹だったようだ。

 

まぁ、偶然というのは往々にして起こるものなのかもしれない。

 

夫とは、その後、残念ながら離婚をしたのだが、彼が亡くなったあと、1週間もせず彼の母親も亡くなったと聞いたときには、驚くというより、何故か呆れてしまった。まだ、そんなことをやっているのか、と。

 

友引、などという言葉があるけれど、別に友引の日にお葬式をしなくとも、連れていかれるときはあるのかもしれない。