ヤドリギ~Gなつぶやき -6ページ目
嫌々なら捨てちゃえば良かったのに
義務感だけなら離れちゃえば良かったのに
中途半端な良心の欠片と
中途半端な忠義心
思い込みの枷を外せず
かごの鳥に甘んじた
家族を捨てて
行方をくらました姉のように
私がしても良かったわけで
傷つけるのが嫌だとか
かわいそうだからとか
悪いからだとか
いろんな感情入り交じってた
でも捨ててもいいんだ
嫌われるような事を言ってもいい
傷つけてもかまわない
むしろそれで向こうから離れるならば
それはそれじゃないか
わざと嫌われるような事
離れてくれそうなことを
選ぶ必要はないけど
私はもっと思ったこと
感じたことを言ってもいいし
やってもいいのだ
捨てる覚悟はできてる
何度も約束を破ってごめんと貴方が言ったから
約束なんてしてたっけと笑って答えた
会えるかも
これは約束ではありません
会える可能性があるというだけ
期待させたり
夢を抱かせたり
それも約束ではありません
だから一度も約束は破られていないのです
来週は会えるよと言ってても
実際に会えなかったとして
これも予定が変更になっただけで
約束破りじゃございません
私は誰かと約束をしたとしても
誰かは私と約束はしていないのです
約束しているという認識を持たない
そうするようにしているからです
誰かを責めなくてすむように
誰かを悪者にしないように
私の中に悪意を生まないために
だから柔軟性と臨機応変力を
磨かねばならないのです
無作為にうる星やつらってアニメを見ていた
みじめ愛とさすらいの母
というタイトルの回だった
リアルタイムの時には
あまり印象がなく
多分よく分からないという印象と
いつものうる星ワールドではない
と感じただろうなと思う
なんとなく哲学っぽい匂いがして
映画のビューティフルドリーマーを思い出した
大好きな作品だ
なんとなく押井テイストかもと思ったら
やっぱりそうだったのね
解読の難しい
哲学っぽい作品は
ドラマのストーリーを追って
感情をなぞって
感情を乗せて楽しむんじゃなくて
ストーリーを読み解こうとしながら
自分を読み解く作業になるのかもしれず
そうしたことが楽しいのかもしれない
だから誰の説が正しいかより
自分が何を感じたか
何を思ったか
それが大事なのかなって
そこには
アイデンティティの確立と崩壊が
同時に存在してるような
そんな作品
正解は作った人の中にもあるし
見ている人の中にもある
正しい説が知りたい人は
作り手の意図や秘密を知りたいのかな
そんな風に思う私は
実は作り手に踊らされてるだけかもね😂
例えば
元気になって欲しいとか
笑顔になって欲しいとか
喜んで欲しいとか
結果を考えずに
ただただ
それだけの思いで
嘘をつかれたとしたら
嘘をつかれたのは悲しくても
嫌だったとしても
その気持ちに嘘はなくて
許してしまうのだろう
真実を言ったとしても
嘘をついたとしても
傷つくことを分かっていながら
見え透いた嘘をつくことは
よく分からないや
守りたかったのは自分なのかな
瞬間瞬間に
生きることは
さほど難しくはないのに
生き続けるって
難しいみたい
なんとなく
感覚
私今
生きてるのかな

