次に与謝野晶子館に行きました。
<与謝野晶子の最も有名な詩は、日露戦争中に出征した弟の無事を願って詠んだ反戦詩『君死にたまふことなかれ』です。また、詩歌(短歌)の分野では、情熱的な恋を歌った歌集『みだれ髪』が非常に有名で、特に「やは肌のあつき血汐にふれも見で」などの歌が知られています。>(ネットより)
もちろんこの記事は、なんの問題もなく正確そのものです。
ただ私が、与謝野晶子館で見たものの中で興味を持ったのは少し違うものでした。
まず、晶子は堺市にある和菓子屋さんの三女として生れたことです。
写真で見るとても勝ち気な、負けず嫌いな印象と和菓子屋のむすめだという事実が違和感を感じました。
また、22歳で上京し、歌の師である与謝野寛(鉄幹)と結婚して12人もの子どもの母となりました。
そんなにも子沢山だったことも驚きでした。
二女七瀬は作家の森鴎外が名付け親であり、四男・アウギュスト(後に昱・いく)は、パリを訪れたとき、彫刻家のアウギュスト・ロダンに会えたことを記念につけられたと言われています。
少し下世話な品のない興味の持ち方ですが、当地へ行ったからこその感想です。
「ネットより」与謝野鉄幹・晶子夫妻です。
