「イベント」

休日になると、いろんなところで目にしますよね。

バル、マーケット、ライブ、クラフト市。
店主の汗を掻く姿、誇りの詰まった商品という結晶。

そこには出会いがある。

その出会いが未来へと繋がっていく。


本来イベントってやりたい人がやるべきなんですよね。
誰かに唆されてやるもんでもないし。

でも全国の都道府県、市町村には、賑わいづくりという大義名分を伴ったイベントに補助金という一過性の甘い蜜が用意されていることがしばしば。
イニシャルに対する活用なら分かりますが、おんぶに抱っこの利用者が多いのも事実。身の丈に合っていない大掛かりな準備や運営に関係者は振り回され、挙句補助金の性質に縛られ、やりたいことが制限されるという誰のためのイベントなのかわからないというのが現状です。
結局補助金なしでは継続できない依存症を発症し、人を呼び寄せるために駆けずり回り、しまいには自身でイベントを維持できなくなるというイベント疲弊に至ります。

身の程を弁えろ

この言葉は決して否定的な言葉ではありません。これだけの予算しかないから、スポンサーを集めよう。そしたら協賛金でやりたかったことができるよね。
これが本来の姿じゃないでしょうか?
補助金は確かに魅力的です。
しかし、補助金を活用すればするほど衰退するというジレンマに陥ってしまうのです。

何のためにイベントをするのか?

そこに気付きながらも、イベント疲弊するのは愚の骨頂と言わざるを得ません。
神輿を担ぐためですか?
この先、幸せな生活を送るためでしょう。

安易に補助金を頼る前に、これから継続していけるための知恵を絞らなければなりません。そしたら、イベント補助金という単なる金のバラマキを例えば子供手当の充実や企業誘致に回せるはずです。

自らを見失っている商店街って多い。
惰性で商売している商業者
どうしたらいいかわからない商業者
根気を無くした商業者
若者のいない商店街の商業者