霊界からみた死 | イエスとスピリチュアリズムと地上の兵士(わたし)

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苦しみや悲しみが不幸ではありません。霊的真理を知らずにいることが最大の不幸です。
間違いや失敗で願いが叶わない人生が残念な人生ではありません。霊的成長せすに終わる人生が最も価値のない人生です。
真の幸福のために、ともに学びましょう。

───そちらから地上界へ誕生するのは一種の〝死〟とみてよいのでしょうか。

 「結構です、一種の死です。あなた方が死と呼んでいるのは霊的に見れば霊界への誕生であり、あなた方が誕生と呼んでいるのは、霊的には死と同じです。
 何度も申し上げていることですが、仲間が地上界へ行ってしまうのを見て、霊界では大勢の者が涙を流しているのです。反対に、地上を去ってこちらへ来るのをあなた方は悲しんでいる時、私たちは〝ようこそ〟と言ってよろこんで迎えているのです。すべては全体としての視野の捉え方の問題です」


肉体の死は霊界での新たな生活の始まりです。
かつての仲間たちが、温かく迎えてくれます。
地上に誕生する時は、地上での厳しい体験が待っている仲間を思い泣いてくれるのです。

私たちも、地上に誕生した時は両親や家族から祝福されましたが、同時に霊界では地上での厳しい体験を頑張っておいでと涙とともに送り出されました。
そして地上人生を終えると、地上で縁のあった人たちは存在が消滅したと思い死別に涙しますが、霊界では愛で結ばれた仲間が笑顔で待ってくれています。

その時、心の底から “帰ってきた” と魂が歓喜するのです。

死は恐ろしいものでも、悲劇でもありません。
ただ、自分を愛してくれる多くの霊が待つ霊界へ帰るだけのことです。