施設に入っている母親がめっきり弱ってきた、頭も少しぼけてきたようだ。そんな電話が叔父から入ったのは、春の長雨が終わった頃だった。いちど故郷に行って母親を見舞いたいのだが、と妻に相談した。すぐに仕事は見つかりそうにないし。妻は、自分も行きたいから少し待ってほしいと言った。
元気だった妻が急に不調を訴え始めたのは、一年ほど前だ。手足の極端な冷え、関節の痛み、顔のむくみ。夜は不眠に苦しんだ。パート仕事を辞め、原因不明のまま病院通いが続いたが、心療内科から出る薬を飲むようになって、少しずつ快方に向かっている。もう少しすれば長旅もできるようになるわ、と妻は断言した。
それが実現したのは、梅雨に入ってからだ。妻の体調は、必ずしも万全ではなかったが、これ以上先に延ばせば、暑さが増して、さらに条件が悪くなる。思い切って行こうと切り出すと、妻も承諾した。