先日紹介した、THE ALFEEのニューシングル“Glorious”
相変わらずヘビロテしてます。
決して嫌いになった訳ではないけど、自分は18歳の時のコンサートと23、24の頃のアルバムを最後に次第に距離が離れてっちゃったんで、それ以降の楽曲は自分の青春の記憶としての強い結び付きがないので、イマイチしっくりこない感覚なんだけど、この曲はなんだろう?もうドはまりですよ。
ドップリとハマってた10代のころの楽曲と並べても一番好きかもしれないです。
やっぱり歌詞かな。
先日も抜粋して載せたけど、
友達の死
自分の命も有限であるという事実
その命を来るべき日に向けて、これからどう生きていくか
ってところですかね。
あとは、THE ALFEEとしては珍しい語り口調で言葉を詰め込み気味な感じは、友の死に対して溢れ出た感情を吐き出すかのようで、なんかとても切なく感じます。
曲の構成もAメロ、Aメロ、サビのシンプルに繰り返し、どんな嬉しいこと、どんな辛い事があっても常に寄せては返す波のように時間は流れてる事を意識させられますね。
身近な人が逝ってしまっても時は流れ、自分が逝ってしまっても同じように時は流れ・・・。
って感じですかね。
そして、裏テーマにはTHE ALFEEからファンへのメッセージも隠されてますよね。
もう何年も逢っていなかったよな
でもいつかきっとおまえとは
もう一度何処かで逢えるものと
俺は信じていた
WowWow 時代は変わって行くけど
俺は今もここで愛を歌ってる
WowWow 時は流れて行くけれど
友よ俺はここで夢を叫んでる
↑この歌詞の前後は友達の死やその思い出の内容だけど、ここだけ見てると俺みたいに時を経て戻ったファンや戻りたいけど、いい年齢になって、仕事や結婚、育児、介護、健康などの諸事情でなかなか思い通りに戻れないファンに向けて
『来れる時がきたら何時でも戻っておいで、
帰れる場所(コンサート)を
何時でも用意して、
何時までも変わらず3人で歌ってるから』
というメッセージのようにも思える。
そして、もうすでに逝ってしまったファンに対しての思いも感じるな。
やっぱり40年間やって来たからたどり着いた楽曲って感じの重みを感じますね。
この曲を聞いて、5年程前に亡くなったオバちゃんの葬式でお経を唱え終えたあとに、お坊さんがした話(法話っていうの?説教?MCではないよね)の中に出てきた言葉を思い出しました。
散る桜
残る桜も
散る桜
なんか、通じるものがありますね。
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