・お久し振りです
身内の不幸が続き
長い間、ブログの更新が
滞ってました…m(_ _)m
9月中旬に
父親が末期ガンで
死去しました
長きに渡る
父との溝や誤解が埋り
何故
父親が母に暴力を
振るってしまったのか?
母からの姉妹全員
洗脳され騙されていた事
そうした事実と真実を知り
自身の気持ちや心の整理
許す事は出来ないが
それでも『全て』を
『受け入れました』
そうした
自身なりのカタが
一段落した事もアリ
プロポーズを受け
再婚入籍日に
父親が大量吐血し
緊急入院した連絡が…
担当医師の説明や
検査結果の数値
レントゲンを視て
医療従事者の端クレながら
…手遅れだな…
そうした現実を嫌でも
理解し
それでも
何処かで希望的観測
してしまう自分
やがて終焉は
近い事を
知りつつも…
…知ってたから
仕事にカマけ
現実を
直視しなかった
出来なかった
私が居ます…
私は、父親を看取る事は
出来ませんでした
何が正解かは
分からないのですが
…父と私とは
そういう御縁だった
のでしょう…
今更、泣こうが
後悔しようが時間は
戻らないのです
初七日を済ませ
コロナ問題も加味し
内々のみでの葬儀
葬儀場で
十数年振りに再会した母は
やはり私を
葬儀スタッフの方と間違えました…
(※以前、父の緊急入院時にも
父と妹が病院関係のスタッフかと思い私と分かるまで数分
時間が掛かりました)
ご丁寧な挨拶をされ
「大変、お久し振りです
スタッフさんじゃ
ないですよ?
…恵理です…」
母の頭で数秒程
整理する時間を要しましたが
分かってくれました
「✨アラ~~~✨
✨恵理なの✨
久し振りね♪
はぁ…すっかり
見違えて…
整形したの?(^∇^)」
久方、再会した母は
やっぱり無意識失礼発言
炸裂する
変わらぬ調子でした
父のお清め式を
家族のみで行い
お棺へ移す前に
最期に手を握るとか
近くで言葉掛けをする事を
薦められ
三姉妹全員
父と握手をし
それぞれ父への言葉掛けを
しました
父の手を見詰めながら握り
『この拳と
殴り合ってたんだな…
こんな力無く冷たくなって…』
ボンヤリと思いながら
「…さよなら…また。」
三姉妹最後の言葉掛けをし
スタッフさんに
薦められても
なかなか動かない
母でしたが
「…此は私個人の
頼みと思い
聞いて下さい…
…此で本当に
最期です…
…御願いだから
握手だけして…」
母は最期に父と
握手をしてくれました
「…ご協力
有り難う御座います…
…本当に有り難う…」
感極まり
そこで初めて涙が出ました
バタバタと少ない参加者
ながらも葬儀を済ませ
火葬…
…父は骨に成りました…
『変わり果てて
しまったな…
こうして皆
地に還るんだろうけども…』
そんな事をボンヤリ
考えながらズシリと渡された
重い骨壺を眺めました
骨壺を持ち車へ移動する際
元旦那が
気を遣ったのでしょう
「重いだろうから
持とうか?」
「…断る…
腐っても長女だから
最期の役目くらい
果たしたい…」
元旦那は、『…そうか…』
と言った雰囲気で
無駄に手を出して
来なかったので
助かりました
そうした2日間で
父親の全てを赦し
受け入れてました
父の生涯は終りましたが
私達は
まだ生きて
行くのでしょう
何より生きて行かねば
なりません
寿命が来る迄は
どう足掻いても
人は死ねませんから
その寿命が
「何時なのか?」なんて
誰も❮その瞬間❯が来る迄
分からないし
知る術は無いのですから
…[必死]とは
書いて字の如く
[必ず]自分も
[死ぬ]瞬間が
イキナリ目の前に有る
それを肝に命じながら
生きるって意味なんだな。





